勇者サクラ 第1部
「お、お前……女神か!」
脳内に直接話しかけてくる聞き慣れた偉そうな女の声。
それこそは俺をこの異世界に死霊術師として転生させた張本人。
面倒くさがりでろくに様子を見に現れもしない女神の声だった。
『じゃあそろそろラスボスの出番ね』
「ラスボス?」
返事を待つ前に王都の城門の方角から大きな声が上がる。
逃げ惑い、敗走するだけだった神聖騎士団たちが突如歓声を響かせたのだ。
何事かと城門を見やると生き残った騎士たちが城門を見て歓喜している。
まさか、ラスボスとやらが現れたのか?
騎士たちが敗勢を覆すことを確信して喜びの声を上げるほどの救援が来たってのか?
「シーリーン、偵察を……っと」
すぐさま斥候役のシーリーンに偵察を頼もうとしたところ、城門の方から人間外れした動きの人影がこちらに向かってくるのが見えた。
建物の屋根から屋根に飛び渡る見覚えのある人影はノワールとミラだった。
「あ! お前ら、こんな一大事にいつまで寝てやがったんだ!」
俺の苦言にミラはかんかんに怒って反論してくる。
「朝っぱらからうるさいのよ! 元吸血鬼に朝から働けとかふざけんじゃないわよ!」
ヴァンパイアの真祖の寵愛だったミラはアンデッドの『死神』になったことで日光からのダメージが軽減された。
例えるなら、ヴァンパイアにとっての日光が煮えた油だとすると、グリムリッパーにとっての日光は沸騰したお湯らしい。
そんなものを浴び続ければ人間ならどちらにせよ死ぬのだが、元ヴァンパイアの強い再生能力ならばお湯くらいなら耐えられるとのこと。
だが、そんな無理をした状態で全力の戦闘なぞ望むべくもないだろう。
ミラの癇癪を必死に制しながらノワールがこれまでの経緯を説明してくれた。
「僕とミラ様は城壁警備の部下たちからの救援連絡で起こされてね。すぐに駆けつけて神聖騎士たちを殺していたんだよ」
同じく元吸血鬼のノワールも流石に早朝からの活動は厳しいらしく険しい表情だ。
そんな現状を押して聖騎士団の侵攻を押さえてくれていたのだ、俺は素直に「悪かったよ」と謝罪した後、気を取り直して尋ねた。
「で、城門で何があったんだ? イエス・キリストでも助けに来たってのか?」
「誰よその男? 来たのは男じゃなくて女よ女!」
「……女?」
俺は一抹の不安を覚えながらミラとノワールに話の続きを促した。
「うん。知らない女が一人やってきたと思ったら、神聖騎士団の連中は大喜びしだしてさ」
「あの女、人間の癖に強いのよ! この私を一時的とはいえ退けるなんて……絶対に後悔させてやるんだからっ!」
「お前ら2人がかりで撤退を選ぶくらい強いってのか!? 何者だそいつは?」
俺の誰何を受けて、ノワールは一度沈黙した後、重々しく口を開いた。
「……神聖騎士団は口々に『勇者様』って言っていたよ」
「ゆ、勇者!?」
勇者。それはクラシカルな異世界転生作品の主人公の肩書きだ。
勇者は魔王を倒すために異世界に招かれ、魔王を倒して英雄になる――。
この世界で魔王と呼ばれ恐れられた吸血鬼の王を神聖騎士団と協力して倒したと聞いていたが、まさか実在していたのか!
俺たちが現状報告を済ませている間、城門の方からは戦意高揚した聖騎士どもの声と、時折人間のものとは思えない攻撃音が響いてきている。
そこで、それまで静かに回復に専念していたロイテンシアが普段の王女らしい作り笑いを捨てて渋面を浮かべながら報告した。
「……『死者の群れ』の被害が広がっていますわ。戦意を取り戻した騎士団だけではなく、何か一撃で大規模な被害を被るような攻撃を幾度も受けているようです。遺憾ながら、このままでは全滅も時間の問題ですわ」
「オイオイオイ……」
俺はため息を一つ吐き捨て、努めて落ち着いて今の自分たちの戦力を確認する。
ノワール、ミラ。
俺たちの中で純粋な戦闘能力で突出するのはこの2人だが、日光による影響をもっとも受けるのもこいつらだ。
勇者とやらを撃退するにはこの2人に戦ってもらうのが一番だが、この2人を生かすのならせめて屋内に敵を招き入れる必要があるな。
スージー、シェルリ、オフィーリア。
町娘3人組は怪我した俺を助けるために生命力を分け与えてくれたせいで満足に動けない。
俺自身も怪我が完治したわけでもないし、神聖騎士団の奴らは俺が死霊術師だと知っているようだった。
そういう意味では『死者の群れ』を率いるロイテンシアも俺と同じような立場だ。
術者である俺や王女のロイテンシアを狙ってくることが明白な以上、この3人には俺とロイテンシアを守ってもらうしかないだろう。
メリリー、コトリ、シーリーン。
冒険者3人娘は幸いにも未だ無傷に近い。
元ヴァンパイアほどではないにせよ、アンデッドである3人も日光は苦手だろうが頑張ってもらう他ない。
この3人に打って出てもらい、可能であれば屋内に招き寄せて全員で敵を攻撃できれば勝ちの目も見えてくるはずだ。
やるべきことが見えてきた俺が全員に指示を出そうとした時。
見計らったかのように女神から念話が飛んできた。
『――作戦は決まりましたか?』
「てめぇ……まさか勇者ってのや神聖騎士団に俺たちの情報を流していたのはお前か?」
『半分は正解で、半分ははずれですね』
「どういう意味だ? それに、勇者ってのは一体何者だ?」
『やれやれ質問が多いですね。ですが、それらの答えは広場の方を見てみればわかりますよ』
俺は女神に言われるまま謁見の間の大穴から王都の広場を見る。
開けた視界のその場所に、これみよがしに立つ人影がひとつ。
全身鎧を守った重戦士に近い聖騎士たちとは明らかに違う軽装。
申し訳程度の革鎧に冗談みたいな白いマントを纏った軽戦士といった出で立ちの女だ。
戦場の只中だというのに全身を脱力して片手に持った短剣を地面に向け、こちらを挑発的に見上げている。
印象的な桜色の長い髪を風にたなびかせながら燃えるような桜色の瞳が俺を見ている。
女が口元を歪め、口を開くと同時に。
女神が念話を飛ばしてきた。
『さぁ、私がラスボスですよ。魔王アーノルド』
女神――――いや、勇者サクラは満面の笑みを浮かべ。
『私があなたの異世界転生物語を終わらせてあげます』
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