町娘シェルリ 前編
スージーの家に居候させてもらって数日が経った。
動く死体になった村人たちは意外にも生前とほとんど変わらない生活を送っている。
村人たちは相変わら「う"ー!」とか「あ"ー!」とかのうめき声ばかりで俺には何を言っているかはさっぱりわからないが、村人同士は問題なく会話しているようだ。
そんな村人たちの中でも、スージーだけはちょっと違った。
声も「あうー」とかうめき声というより赤ん坊みたいな可愛い声だし。
動きも心なしかゾンビっぽくない滑らかな動きになっている気がする。
気になったので女神に聞いてみた。
『あぁ、彼女はあなたが「母親に会いたい」っていう生前の願いを叶えてあげたからゾンビから「屍食鬼」に進化したわよ』
初耳だった。アンデッドも進化するらしい。
『アンデッドは「生前の願い」を叶えてあげると死霊術師と配下の両方のレベルが上がるのよ。彼女ももう一段階くらい進化したら普通に会話できるようになるんじゃない?』
こいつは説明役の女神のくせにこちらから聞かないとこんな大事そうなシステムも教えやがらねぇらしい。
それどころか『田舎に引きこもってばかりだと見ていて面白くないから町にでも出なさい』と命令までしてくる有様。
俺は「いつかこのクソ女神を痛い目に遭わせる」と誓いながらも渋々隣の町まで足を伸ばすことにした。
スージーの村から隣町に続くという街道に出るまでまず歩いて1時間かかった。
街道は石畳とまでいかずとも、砂利でそれなりに整備されていた。
ここまで歩いてきた山道と比べれば段違いの快適さだ。
隣町まではこの街道を歩いてさらに2時間かかるのだという。
もし王都まで行こうとしたら馬車に乗りっても3日以上かかるらしい。
改めて、スージーの村がとんでもないど田舎であると自覚させらた。
「たしかに、クソ女神の言いつけなのが癪だが。町や王都ってのが楽しみになってきたな」
そういうとすぐさま女神から女神とも思えぬ呪いの言葉が返ってきた。
『次にクソ女神と言ったら毎晩抜け毛が増える呪いをかけますよ』
口に出すべきじゃなかったな。
ともあれ、このクソ女神はムカつくが一応道案内とかサポートはしてくれるからそこそこ役に立つな。
昼前の日差しがポカポカと心地よい街道には爽やかな風が吹いていた。
俺が女神の指示に従って街道を歩き出そうとすると、急に隣にいたスージーが俺の袖を掴んだ。
「うー」
今回の遠出にはスージーを連れてきていた。
俺が町に出るというとスージーはどうしても着いて来たがったからだ。
他の住人は見るからにゾンビだからどうしようもないが、スージーなら黙っていればギリギリ生者に見えるからな。
「どうした? なにかあるのか?」
「あうー」
スージーは街道の先を指さした。
よく目を凝らすと街道の端に誰かが倒れているように見える。
「人……? いや、あれは……」
爽やかな風に乗ってかすかな異臭が漂ってきた。
それは俺が生前、検死官だったころに嗅ぎ慣れた匂いだった。
街道の脇に横たわっていたのは知らない少女の死体だった。
短い茶髪を側頭部で小さく結っている元気そうな少女は物言わずボロボロになった身体を晒している。
「…………」
俺は無言で十字を切ってから少女に触れた。
「女性。年の頃はローティーン。派手すぎない普通の服装で、衣服は破れているが暴行の形跡はなし」
「死後硬直から判断して死後ざっくり2〜4日。全身に打撲と擦過傷あり」
「所持品は……多いな。商品と思われる生活雑貨多数。所持品も何か強い衝撃を受けたように破損している。現場の状況から鑑みて、車にでも撥ねられたか」
車といってもここは異世界。自動車じゃなくて馬車か何かだろうな。
「うー?」
少女の死体をまさぐってブツブツ言っている俺をスージーは終始訝しげな視線で見つめていた。
俺にやましい気持ちはないが、なんだか心が痛む。
さて、それはともかくこの少女をどうしたもんか。
考えているとスージーがまた何か少女の死体を指さしながらなにかを言い出した。
「うっうー。うー」
なんだろうかと思っていると女神がまた翻訳した。
『「生き返らせてあげよう」って言っているわよ彼女。面白そうだしそうしてみたら?』
「お前、面白半分でだな……まぁ、やってみるか? よく見れば面は可愛いしな」
「う"ー……」
死んだ少女の顔を褒めたらスージーが何か低い唸り声を出した気がするが、気のせいか。
いざ呪文を唱えようと少女の死体に手をかざした時、女神が『ちょっと待ちなさい』と制止した。
「なんだ? 今になって良心に目覚めたか? ついでにまともな女神としての慈愛とお淑やかさにも目覚めたほうがいいぞ」
『そうではありません。呪いますよ』
「はいはい。で?」
『あなたはもうレベル4なのですから、アンデッドを生み出すなら「目覚めよ」よりも上位の呪文が使えますよ』
「レベル4? おいちょっと待てよ。ついこの間レベル2になったばかりじゃなかったか?」
『えぇ。あのあと村人に呪文を唱えてアンデッドをたくさん生み出したでしょう? その時に上がっていたのだけれど、あなたがすぐ気絶してしまったから伝えるのを忘れていました』
相変わらずのクソ女神だった。
だが、いちいちクソ女神につっかかっても始まらない。
俺は新しく覚えた呪文とやらをさっさと教えてもらって早速唱えてみた。
「『這い上がれ』!」
せっかくなので、スージーを生き返らせた時の反省を生かして魔法っぽく気合いを入れて発音した。
スージーや他の村人を蘇らせた時と同じように少女の死体を光が包み、光は次第に収束していった。
光が消えると全身傷だらけの少女は傷をものともせずにむくりと起き上がった。
キョロキョロとあたりを見渡すと不思議そうに明るい声を出した。
「あれー? あたしここで何してたんだっけー?」
俺は驚いて思わず大声を出してしまった。
「えっ!? 普通に喋ったぞこいつ!」
いきなり知らない大男から大声で話しかけられて目覚めたばかりの少女は「ひぇ!」と甲高い悲鳴をあげた。
後ずさってこちらを不安そうに見ながらもっと大きな声で喋りだした。
「だ、誰ですかあなたぁ!? もしかして盗賊? あたしは何も持ってないんだからぁ! っていうか、あー! なんであたしの服破れてるのー!? お気に入りだったんだからぁ!」
少女はきゃあきゃあとキンキン頭に響く声で騒ぎ続けた。
その間にも女神は冷静に解説をしていた。
『彼女は「意思ある死者」になったようね。レブナントはグールの進化形だからスージーよりも単純に強いわよ。これといった特徴はないアンデッドだけど、だから逆に見た目も口調も生者とほとんど変わらないわね』
頭の外側と内側から同時に喋られて俺の頭はいまにも破裂しそうだ。
「フ○ック……」
俺は悪態をついてクソ女どもが静まるのを我慢して待った。
かなり経ったのち、やっと落ち着いてくれた少女に事情を聞くことができた。
少女の自己紹介によると、彼女の名前は「シェルリ」というそうだ。
シェルリはこれから俺たちが向かおうとしていた隣町に住んでいる商人の娘らしい。
不足した商品を別の町に急いで届けた帰り道に貴族らしき馬車に撥ねられたらしい。
「思い出したー! あの貴族、絶対に許さないんだから! 絶対ゼッタイ謝ってもらうんだからぁ!」
せっかく静かになったと思ったのに、シェルリは自分が死んだ時のことを思い出して憤慨しはじめた。
マジでうるさいなこの小娘。
若い身空で自分が既に死んでいることを知らされてさぞショックだろうと思ったが、元気いっぱいだった。
幸いにも、シェルリの家は隣町。
俺たちの目的地と同じだった。
シェルリのパワーに圧倒されながら、俺はとりあえずシェルリとスージーの3人で隣町を目指すことにした。
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