聖騎士ヌアザ 第4部
王宮に比べると王都の復興はまだまだこれからという段階だった。
街のあちこちでは崩れた建物の瓦礫を運び出す様子や壊れた住居から家財道具を運び出す様子が見て取れた。
ヌアザの自慢話を適当に聞き流しながら街中を歩いていると壊された教会らしき大きな建物の近くでスージーとメリリーを見かけた。
『屍食鬼』のスージーと『死せる魔剣士』のメリリー。
この2人はパッと見は生者と変わらないからアンデッドとバレる可能性は低いので安心である。
2人は何やら話をしながら教会の裏手の方で上を見上げている。
「おーい2人とも! こんなところで何をやっているんだ?」
「あうあうー!」
俺が声をかけるとスージーが顔をほころばせて駆け寄ってきた。
そんな俺とスージーの姿を脇目に見つつヌアザが壊れた教会を見上げてため息をつく。
「我らが光の神の教会がこのような有様になるとは、嘆かわしいな。この国の国民は信仰心が低いのではないか? 信者であれば命を賭して教会を守るべきであろう」
「私は王女として務めと神の掟に従い、人命を最優先にするよう下命しておりましたので」
「ふん。神の御威光を守るためならば身を粉にして奉仕するのが真の信者であろう」
ヌアザとロイテンシアは教会廃墟の正面側で静かに言い争っている。
裏手側にいるメリリーに俺とスージーが近づくとメリリーからいつもの調子でぶっきらぼうな挨拶が返ってきた。
メリリーは変わらず上を見上げているので、何をしているのか改めて聞いてみると。
「コトリが……ヘマしないか、見張っている」
「コトリ?」
言われて俺もふと見上げると、教会の陰から巨大化したコトリが現れた。
瓦礫の向こう側から顔を覗かせるその巨体は巨人が襲ってくる某コミックを想起させるほどの大きさだった。
「めめめメリリーちゃあん。屋根はこれでいいかなぁ……?」
「もっと右……右だ、コトリ」
どうやらコトリは『燃え盛る巨人』の能力で巨大化しながら教会の修繕を手伝っていたようだ。
戦闘時に纏っていた炎は出さないようにしている。
いや、それにしたところで。
「ちょ、待て! 今こっちに出てくるなコトリ!」
俺は教会の裏手から表に出てこようとするコトリを慌てて制する。
しかし僅かに間に合わず、教会正面側にいたヌアザとロイテンシアがこちらを見た。
「なっ!? な、なんだあのバカでかいな女は!」
ヌアザの驚愕の声を聞いてコトリは驚いて教会の陰に引っ込んだが手遅れだろう。
俺は慌ててヌアザに駆け寄って言い訳をする。
「えええええ遠近法だ! 近づいてみれば普通の大きさなんだよ!」
「な、なるほど……?」
あまりにも苦しすぎる言い訳だったが、俺の迫真の言い訳にヌアザは引き下がった。
そうこうしていると能力でいつもの身長に戻ったコトリたちが教会の裏手からバツが悪そうに出てきた。
それを見たヌアザが不思議そうにしつつも納得の言葉をつぶやく。
「ふむ。たしかに巨大に見えた気がしたが、少し大きいだけの普通の女だったか」
「そ、そう! そうなんだよ!」
「……だが、遠近法とは近くの物が大きく見えて遠くの物が小さく見えるものではなかったか? 逆ではないか?」
「く、国によって色んな解釈があるんだよ! この国ではこうなんだよ!」
俺が全力で強弁してヌアザを言いくるめていると、ヌアザの肩越しに遠くから賑やかな人影がやってくるのが見えた。
「もう! なんでこの私が忌々しい太陽が昇る昼間から見回りなんてしないといけないのよ!」
「しかしミラ様、幸いにもアンデッド化したことで我々は以前ほど日光が弱点ではなくなりました。少しくらい復興に貢献するのも――」
「弱点じゃなくなっても苦手なのは苦手なのよ! だいたい、なんでこの私があんなゴリラの命令を――!」
ぎゃいぎゃい騒ぎながらミラとノワールがこちらに向かってきている。
仕立ての良いシャツと短いパンツルックのボーイッシュな元吸血鬼のノワールは『死せる吸血鬼』。
小悪魔風のミニスカワンピースを着たメスガキ風の元真祖の寵愛のミラは『死神』となっている。
弱点の日光に少しだけ耐性がついた以外は外見的にそれほど変わらない2人だが、背中にコウモリの羽がついていたりやかましかったりと吸血鬼だった頃の特徴が丸々残っている。
見た目から人外バリバリの2人はしかも後ろに元レッサーヴァンパイアの部下たちを何人も引き連れて歩いていた。
神聖騎士団にとって不倶戴天の敵である吸血鬼が我が物顔で王都を歩いている。
ヌアザがちょっと振り向いただけで何の言い訳もできない状況だ。
「なんだ? 何か騒がしいようだが――」
ふいっと、ヌアザがゆっくり振り向く。
その時、突然地面から透過してきたシーリーンがヌアザの肩をトントンと叩いた。
「ぬ? なんだ? 気安いぞ貴様」
肩を叩かれて振り向くのをやめてヌアザが俺を見る。
同時にヌアザの肩越しに遠くでシェルリの包帯が乱舞するのが見えた。
口を塞がれたミラたちが素早く物陰に運ばれる。
再びヌアザが背後を振り返った時には何もなくなっていた。
「まったく、なんだというのだ。騒がしい」
俺の方に改めて向き直ったヌアザの肩越しに、物陰から文句を言って出てこようとするミラとオフィーリアの刀が乱舞するのが見える。
「もうよい。そろそろ飽き……いや、日も暮れてきたことだ。我々は部屋に戻るとしよう」
コントのようなやりとりを背にしながらヌアザは王城に宛てがわれた部屋に戻ることを宣言した。
こうして、紙一重のところで致命的な状況を回避し続けた神聖騎士団の視察は終わった。
その晩、他にも大小様々なトラブルを奇跡的に回避しながらなんとかヌアザたちの目を欺いて満足させることができた。
あとは翌日の昼頃に帰る予定の神聖騎士団たちを見送れば万事解決。
心労から疲れ果てた俺は自室で泥のように眠った。
翌朝、昼に発つと言っていたヌアザたちが宮廷魔術師の俺を呼んでいるとのことで俺は早朝に叩き起こされた。
今度はいったいどんな厄介ごとだと俺は嘆息しながら謁見の間に向かった。
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