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聖騎士ヌアザ 第3部

 

 神聖騎士団団長、ヌアザ・アガートラームは傲岸不遜な女だった。

 他国の王宮に客人として招かれておきながら事あるごとに王国を見下し、自ら率いる神聖騎士団がいかに優れているかを語る。

 

「なかなか絢爛な王宮ではあるな。だが我が神聖帝国の教会はもっと厳かで、我々神聖騎士団は日々身の引き締まる思いで――」

 

 武力で上回っていることを笠に着て振る舞う様は非常に癪に障る。

 だがそれを指摘してこの騎士団長サマのご機嫌を損ねでもしたら全面戦争、それも初っ端から王都を落とされるのは明白だ。

 機嫌を損ねずとも今の王都がアンデッドで溢れかえるような有様だということを知られても侵攻は不可避。

 

 宮廷魔術師として紹介された俺と王女のロイテンシアはなんとしてもヌアザ率いる神聖騎士団に王国の現状を知られず無事に隣国に帰ってもらわねばならない。

 

 そんなわけでヌアザ達には明日の出立まで大人しく与えられた部屋でくつろいで欲しかったのだが――。

 

「折角の訪問なのだ。観光……いや、復興の視察くらいさせてもらえるのだろうな?」

 

 いきなりのゲストの呼び出しに、ホストである俺とロイテンシアは無視するわけにもいかず、俺たちはヌアザを連れて城下町に向かうこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずは王城の中を見たいと言われ王城内を案内する。

 王都に比べれば被害は少ない城内をロイテンシアが従者とともに先立って歩き、俺はヌアザの後方を歩く。

 当たり障りのない説明などを交えて移動する俺たちのもとに、運悪くシーリーンが壁をすり抜けて出てきた。

 

「ゴリさぁん? メリリーを見かけなかったかしらぁ――――」

 

地縛霊(ファントム)』であるシーリーンは肉体を持たず自由に飛び回れる特徴から普段はこうして城内をふよふよと漂っているのだが今は状況がまずい!

 声に振り向いたヌアザがギョッとする直前に、シーリーンは状況を把握して素早く壁の中に隠れた。

 間に合ったかどうかは微妙なタイミングだ。

 

「……気のせいか、今なにか壁の中から煙のような女が顔を出さなかったか?」

 

「い、いや今のは……! ゆ、湯気だ!」

 

 咄嗟に口からでまかせを言った俺をロイテンシアがフォローする。

 

「そ、そうです湯気です。湯気。これから我が王宮自慢の大浴場をご覧に入れようとしていたのです」

 

「そ、そうか?」


 ヌアザは俺たちの勢いに押されて首を傾げながらも俺たちに連れられて浴場に向かった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 王城にある大浴場にやってきた。

 見渡すほどの広さを誇る浴場は湯も豊富にあるらしく全体が湯気で霞んでいる。

 因みに今は見に来ただけなので全員服は来ているし俺も一緒にいる。

 湯気のせいで細部はよく見えないがヌアザもその広さには満足したようだ。

 

「ほう。これは今夜が楽しみな……む?」

 

 浴槽を見ようと踏み出したヌアザが湯気の中を見て眉根を寄せる。

 誰もいないかと思われた浴場には誰かが入っていたようで湯気の中で何か大きな影が蠢く。

 

「ふーっ! 広くて良い浴場だよねぇ! 本当に包帯が多く困っちゃうんだからぁ!」

 

 浴場にいたのは『高貴なる木乃伊(マミーロード)』のシェルリだった。

 湯気の中でもぞもぞと蠢くのは大浴場を埋め尽くさんばかりに伸ばしたシェルリの包帯だ。

 シェルリの能力を知っていていち早くその状況を理解した俺はわざとらしく大声で叫んだ。

 

「お、おぉー! これはいい浴場だなぁ!」

 

「ゴリさん!? やばぁっ!」

 

 バッシャーン!

 

 俺が入ってきたことに気付いたシェルリは大慌てで湯船に飛び込んだ。

 一連の動きで湯気が晴れると、そこには大量の包帯だけが残っていた。

 

「も、申し訳ありません。どうやら戦傷者が傷を癒やしていたようです。おめ苦しいものをお見せしました」

 

「そ、そうなのか? なにやら包帯がひとりでにウネウネと動いていたようが気がするが……」

 

 ヌアザは怪訝な顔をしていたが一応納得したようで大浴場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王宮から外に出ると王国の騎士たちが平民の職人と協力して城壁を直していた。

 幸いにもこのあたりはいつ神聖騎士団に見られるかもしれないとして、ロイテンシアの指示で比較的見た目が人間っぽいアンデッドたちが修復作業をしている。

 

 それとなくその様子を視察してから城下に向かおうと直りかけの城門を潜ろうとしたところ、どこからともなく一本の刀が飛んできて城門に突き立った。

 

「ムッ!? 敵襲か!」

 

 ヌアザと付き従っていた数人の神聖騎士たちは即座にヌアザを中心に戦闘態勢をとる。

 見事としかいえない訓練された動きに感心しつつ、俺は次に起こることを予見してため息を付いた。

 

 次の瞬間、城門に突き立った刀から手品のように「ぽんっ」とオフィーリアが現れた。

 これは自分の刀から刀にテレポートができる『屍道士(シーダォシー)』の能力だ。

 

「ゴリ様? もしよろしければ私共の――――あっ」


 出現したオフィーリアはばっちりヌアザや神聖騎士たちと目が合ってしまう。

 どう考えても超自然的な彼女の出現には言い訳の余地もない。

 だが、一瞬だけ顔を青くしたオフィーリアはしかし巧みなアドリブで自らの失点をフォローする。

 

「お初お目にかかります皆々様。私、宮廷道化師のオフィーリアと申します。私の奇術はお楽しみいただけましたでしょうか」

 

 どこで覚えたのか踊り子のような妖艶な挨拶をするオフィーリアの様子を見てヌアザは戦闘体勢を解いて感心した。

 

「道化師であったか。刀に注目させて物陰から登場する手管は褒めてやるが、斬り殺されたくなければ次からは事前に断ってからするように」

 

 満足げに頷くヌアザに謝罪してからオフィーリアが下がっていく。

 見るとヌアザ達から見えないところでシーリーンやシェルリと合流している。


 俺は「頼むからこれ以上目立つような真似はやめてくれ」という視線を投げかけた。

 アンデッドの正体を隠すためにもこれ以上不審な様子を晒すわけにはいかない。


 シーリーンたちは「任せておけ」とばかりに頷いている。


 不安しかない。


 

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