聖騎士ヌアザ 第2部
まるで突然親が帰ってきた学生のように大慌てで体裁を整えた王宮に神聖騎士団の代表たちがやってきた。
いかにも優雅で高そうな鎧を着た騎士たちの中で一人が歩み出た。
「私が聖騎士団団長、ヌアザ・アガートラムである」
神聖騎士団の代表として団長を名乗ったのは妙齢の女性だった。
ヌアザと名乗った女騎士は鎧の邪魔にならぬよう長い金髪を編み上げ、愛らしさよりも凛々しさが前面に出た面貌は不敵に微笑んでいる。
招かれた客人として礼儀にかなった挨拶こそしているもののその口調、表情から彼女が王国を同等の相手として見做していないことを露骨にあらわしている。
「ロイテル王国王女、ロイテンシア・ローン・ロイテルです。わざわざ救援に駆けつけていただけたとお聞きしております。歓迎いたしますわ、アガートラーム殿」
ロイテンシアは作り笑いを深めながら王女としての挨拶を返す。
それに対しヌアザは来客の立場でありながら勝手に面倒な前置きを省き、一方的に本題に入った。
「聞けば、貴国は独力で末端とはいえ魔王軍を退けたらしい。魔王を討伐した我が神聖騎士団には及ばずとも精鋭のようだな。どうやら我々は余計なお世話だったとみえる」
自らが率いる神聖騎士団こそが最強だと信じて疑わない傲慢な態度。
本音だか建前だか知らないが一方的に善意を押し付けてくるやり口に俺はもうこの女が嫌いになっていた。
「神聖騎士団の精強さは聞き及んでいますわ。そんな名高き騎士団の団長殿を招けて光栄ですが、だからこそ本国を留守にしてまで我が国に来ていただいたのは恐縮ですわ」
慇懃無礼な態度のヌアザはこちらの神経を逆なでするような言葉を表面上は気にした素振りも見せずロイテンシアは礼を述べる。
いくら神聖騎士団が隣国の神聖帝国において教会と並んで実質上の最高権力を持つ存在だとしてもロイテンシアの応対は下手に出過ぎているようにみえる。
王都を包囲されているという点を除いても王国と神聖帝国のパワーバランスを感じさせるやり取りだ。
「あぁ、なにせ我が神聖帝国からこちらのロイテル王国は隣接しているとはいえ決して近くはないからな。役目が無いというのであれば明日には発つとはいえそれまでは便宜を図ってもらえると有り難い」
「承りました。とはいえ我が王国も復興中の身。騎士団すべてを迎え入れる用意はありませんがアガートラム殿および幹部の皆さんの寝室をご用意させていただきます」
「ふむ。まぁそんなところでしょうね」
露骨な要求に完璧な作り笑いで応じる王女にヌアザはそれが当然とばかりに満足そうに頷いた。
よくこんな顔は良いが性格が悪い無礼な女が騎士団長になどなれるものだ。
そもそも、神聖帝国において神聖騎士団は教会と並んで2大権力を有す組織と聞いていたがこんな若い女性に務まるのだろうか?
この異世界は基本的には男尊女卑で年功序列の世界観だと思っていたんだけどな。
あるいはそれらのハンデを覆すほど実家の権威が強いのか?
すると、これで必要最低限の話は終わったとばかりにヌアザは出し抜けに俺のほうへ視線を向けた。
「ところで、そちらの男性は誰ですかな? ご紹介いただきたいものです」
「お……俺か?」
突然話を振られて戸惑う俺の代わりにロイテンシアが答えた。
「これは紹介が遅れて申し訳ありません。こちらは我が王国の宮廷魔術師であるアーノルド・ゴーリーと申します」
「宮廷……魔術師? 騎士ではなく?」
ヌアザは露骨に訝しんだ。
たしかに筋骨隆々でむさ苦しい男であるところの俺は到底魔術師なんていう理知的な職業には見えないだろう。
しかも今の俺は他国の権力者相手の会合にいつもの服では困ると相応しい着替えをさえられていた。
いつもの動きやすい服ではなく、長ったらしい魔法使い風のローブ姿だ。
我ながら似合っていない自覚はある。
筋肉量が多くて全体的なシルエットが逆三角形の俺がぶかぶかのローブを着ると下半身がぶかぶかでダサいのだ。
「護衛騎士の癖に女王に近すぎるとは思っていたが……頭を使うより筋肉を使う方が得意そうに見えるぞ」
俺がまさに気にしてる外見のことをズバリと言ってくる。
この女騎士のことを俺はかなり嫌いになった。
膨れっ面をみせる俺のことを鼻で笑ってヌアザは気を取り直して話を締めようとする。
「ともあれ、たしかにこの国が無事であれば我々も帰国するとしよう。出立は明朝として、今晩は世話をしてもらおう」
「勿論です。たった一晩ですが神聖騎士団の皆様にはおくつろぎいただけるよう心配りさせていただきます。案内はこちらの――――」
ギスギスした謁見の時間はこうして過ぎていった。
聖騎士団の連中は明朝に王国を発つという。
ということは、それまでにとにかく問題を起こさないことが重要だろう。
吸血鬼とアンデッドを不倶戴天の敵としている神聖騎士団に俺たちの正体が知られれば全面戦争は免れない。
今となっては元人間と元吸血鬼のアンデッドばかりとなったこの国で、アンデッドを憎んでいる神聖騎士団を気付かれずに接待する――か。
「な、なぁに。一晩くらいは問題なかろう!」
俺は誰にも聞こえない声で自分を鼓舞した。
だが頭には不安が首をもたげる。
「……大丈夫、だよな?」
俺は我ながら自信なくそう呟いた。
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