聖騎士ヌアザ 第1部
俺たちが今いる王国の隣国である神聖帝国はその名の通り宗教国家だ。
建前上は宗教的象徴である法皇が国を統治しているが、実際に国家を運営しているのは教会及びその守護者である神聖騎士団であるという。
その教義は人間至上主義。
エルフやドワーフなどの王国では慣例的に人間として扱われる種族も神聖帝国では異種族として排他の対象らしい。
そんな排他的な宗教国家において、もっとも嫌悪されるのが不死者と吸血鬼である。
これは後からロイテンシアに教えてもらったことだが、この世界で俺たち以外のアンデッドを見かけないのは100年ほど前に神聖帝国がアンデッドの大粛清を行ったかららしい。
アンデッドの根絶が終わったから次はヴァンパイアだと動き出したのが10年前のこと。
最初こそうまく言っていたヴァンパイアの粛清は突如現れた魔王――吸血鬼の真祖の登場によって暗礁に乗り上げる。
攻勢だった神聖帝国も次第に押し返され、とうとう魔王軍の侵攻が神聖帝国本国にまで及んだのはつい最近のことらしい。
つまり、この王都が魔王軍に侵攻されたそもそもの原因は藪を突いて蛇を出した神聖帝国である。
なんならそのまま魔王に国ごと滅ぼされてくれてもよかったのだが、噂が事実であれば急に現れた異世界勇者とやらが神聖帝国と協力することで魔王を返り討ちにしてしまったとのことだ。
仇敵である魔王を討滅したということは神聖帝国にとって一時的に敵はいなくなったことになるだろう。
しかし宗教を理由に他国を侵略する国であるからして、それで大人しくなってくれるとは毛頭思わない。
いくらでも理由をつけて新しい敵を探すことだろう。
例えば、隣国の王国で根絶させたはずのアンデッドを生み出すどこかの死霊術師なんかは良い標的だろう。
「……どうだ? あちらさんの出方は」
俺の質問に偵察に出ていたシーリーンが答えた。
「王都の城壁の外は完全に神聖騎士団に包囲されているわねぇ。でも今すぐ攻め込むって雰囲気ではなかったわよぉ?」
『地縛霊』であるシーリーンは物理的な肉体を持たず霊的存在のみなので壁も扉もすり抜けて安全に偵察することができる。
元々ダークエルフの斥候職なのでその洞察力も優れたもので偵察において彼女の右に出るものはいない。
シーリーンの言葉を聞いてロイテンシアが深刻そうに言う。
「魔王軍に対抗するため我が王国と神聖帝国は同盟関係にあります。魔王が討伐されたことが事実であればそれも過去のことですが……好意的に解釈すれば公式に我が国へその報告に訪れたという風にも受け取れます」
「ただ報告するだけならば使節団を送ればいいだけだよ。どうして包囲する必要があるんだい?」
ノワールの否定の言葉をロイテンシア自身も想定していたように無言で頷く。
「じゃ、じゃじゃじゃあ! やっぱり私たちアンデッドがいるってことがバレて攻めてきたんじゃあ……!」
頭5つ6つくらい高いところからコトリの怯えきった声が降ってくる。
そんなコトリを「ビビるな」とばかりにメリリーが脛のあたりを殴る。
メリリーに怒られたことでべそをかき始めたコトリをシーリーンがよしよしと宥めた。
冒険者3人娘の粗野なコミュニケーションを無視しながら今度はミラが大声で発言した。
「忌々しい神聖騎士団め! 魔王様の仇よ! こちらから討って出るべきだわ!」
さぁ行くわよと意気込むミラをノワールがなんとか言いくるめて落ち着かせている。
見かねて俺も声をかける。
「落ち着け。聖騎士ってのはようするにアンデッドの天敵だろう? 出来ることなら穏便に済ませたい。まずは相手の出方を伺うってのはどうだ?」
俺の臆病ともとれる発言をロイテンシアは肯定する。
「既に使者を神聖騎士団に送りました。そろそろ帰ってきてもよい頃ですが……」
ちょうどその時、ロイテンシアに仕える騎士の一人が封書を持って執務室にやってきた。
ロイテンシアは封書を受け取るとすぐに中身を確認した。
「なるほど。要約するなら『魔王は我が国が倒したが貴国が魔王軍に侵攻されたと聞いたので助力に来た。王都に迎え入れて欲しい』とのことです」
それを聞いたシェルリとスージーが喜びの声をあげる。
「本当ぉ!? 助けにきてくれたんだぁ! なぁんだ神聖帝国も良い国だね!」
「うー!」
素直に喜ぶ2人の様子にため息をついてオフィーリアが注意を促す。
「国と国の同盟関係というのはそう簡単ではありません。あくまでそれは大軍を動かす表向きの理由であり、本当の狙いは混乱に乗じた王都の簒奪という可能性もあります」
オフィーリアの冷静な状況分析にロイテンシアは頷くと険しい顔で立ち上がった。
「たとえ罠である可能性が高くとも、助力に訪れた同盟国に門戸を閉ざすことはできません。最大限の警戒をして事に当たりましょう」
「そうか。なら後は王女であるロイテンシアに任せて……」
俺が仲間たちと退出しようとしたところをロイテンシアが呼び止めた。
「お待ち下さいアーノルド様。神聖騎士団との面会にはあなた様にも同行していただけますか? 私のまわりには少々、『外見が人間』の側近が不足しておりますので」
「あ? あー……」
なんのことかと思えば、よく考えればロイテンシアの側近の騎士たちは鎧だけで中身が空っぽの『動く鎧』ばかりだ。
『死者の姫』は俺と違って魔力を消費せずにアンデッドを生み出せるが、生み出せるのは下級アンデッドに限られる。
そして下級アンデッドは概して人間っぽい外見とはかけ離れている。
アンデッドを根絶すべき仇敵と認識している神聖騎士団との面会にとてもではないが連れていけない。
「……わかった。そういうことなら仕方がねぇな」
王族クラスの面会に俺が出るなんて想像もできないが、他に人材がいないのなら仕方がない。
「お前たち! 俺とロイテンシアが神聖騎士団と会ってる間、目立たないように大人しくしているんだぞ!」
俺はロイテンシア以外の仲間たちに向けてネクロマンサーとしての威厳を示しながら命令した。
「うー!」
「わかったよぉ!」
「畏まりました」
「ん……了解、した」
「ははははい!」
「わかったわよぉ〜」
「私に命令するんじゃないわよ!」
「ミラ様……」
「おう、良い返事だな。うんうん」
若干1名から反発があったような気がしたが、だいたい良い返事が返ってきた。
俺は気が進まないまま、神聖騎士団の代表との面会に赴いた。
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