村娘スージー 後編
俺はスージーに案内されて彼女が生前住んでいた村にやってきた。
控えめに言って、スージーの村はかなりショボい村だった。
山の麓にあるその村には家が3軒に牛舎と畑があるだけ。
恐らく住人は全部で10人かそこらじゃないか。
「まぁ、今問題はそこじゃねぇよなぁ」
住人が少ないはずの村は複数の悲鳴や笑い声でザワザワと騒がしかった。
数軒しかない家屋は何者かによって破壊され、何かを割ったり壊したりする音もする。
「おい、スージー。お前の村は随分賑やかなようだが祭りでもあるのか?」
クールになるため軽いジョークを飛ばしたがスージーはその光景を見て呆然としていた。
ただならぬ村の様子に思考を非常事態に切り替えた俺たちの前に襲撃者らしき魔物があらわれた。
人間の子どもくらいの人型であり、緑色の肌と嫌らしい笑みを浮かべた顔。
俺たちと目が合うとその魔物は獲物が増えたとばかりに不快な笑い声をあげた。
「ゲギャギャギャギャ!」
その姿はイセカイッド作品でよく見かける小鬼に似ていた。
「というかどう見てもゴブリンだな!」
咄嗟にスージーを庇うように立った俺は彼我の戦力差を計った。
異世界転生作品ではゴブリンを舐めた奴は死ぬと相場が決まっている。
ゴブリンの数は2体。武器は棍棒と刃こぼれした短剣か。
対してこちらは丸腰の死霊術師がひとりと動く死体の少女がひとり。
「とてもイセカイッド主人公のパーティとは思えねぇ貧弱さだな! おいスージー、お前は下がって――――スージー?」
気がつけば後ろにいたスージーがいなくなっていた。
どこに行ったのかと思えば家屋のひとつに向かってフラフラとしながらも必死で急いでいた。
たぶん、あの家がスージーの実家なのだろう。
「まて! ひとりで動くなスージー!」
スージーは俺の声が聞こえているはずなのに止まらなかった。
『あら。下級アンデッドがネクロマンサーの命令を無視するなんてすごいわね。彼女よっぽど必死よ』
女神が完全に他人事のような声で言った。
「何を悠長な……! ちっ――!」
俺がスージーのほうに気を取られていたせいで2体のゴブリンが襲いかかってきた。
短剣を持ったほうのゴブリンがなんの捻りもなく短剣を突き出してきた。
俺は咄嗟に警察学校で習ったマーシャルアーツで短剣を持った手首を押さえて刃の軌道を逸した。
「この野郎!」
そのまま手加減なしの肘打ちをゴブリンの顔に叩きつけた。
「グギャ!?」
ぐちゃりという頭蓋骨が砕ける嫌な感触とともにゴブリンは倒れて動かなくなった。
「ギャアー!」
残った棍棒持ちゴブリンは連携もなにもなく、ただ仲間が倒されたのを見て怒って棍棒を大きく振り上げた。
「んん?」
俺はその隙だらけの攻撃を訝しみながら、がら空きの胴体に渾身の蹴りを叩き込んだ。
「グゲァー!?」
ボキボキと肋骨の折れる感触とともに棍棒持ちゴブリンも倒れて動かなくなった。
「なんだこいつら弱いぞ」
思わず率直な感想を漏らすと女神がつまらなさげに言った。
『ちょっと、あなたはネクロマンサーなんだから。そういう筋肉に物を言わせる方法じゃなくてもっとネクロマンサーらしい攻撃とかしなさいな』
「ネクロマンサーらしい攻撃ってなんだよ。……っと、それどころじゃなかった」
ゴブリン2体を難なく倒した俺は急いでスージーの後を追った。
スージーの家はすでに荒らされていた。
俺が到着した時、スージーは全身を戦慄かせなていた。
その目の前ではスージーの母親らしき女性が血まみれで倒れていた。
今まさに殺されてしまったのか、動かなくなったその遺体をゴブリン2匹がいたぶっていた。
直後、スージーは激昂した。
「あ"う"あ"あ"あ"~~〜〜!」
「まっ――――」
制止するまもなくスージーはゴブリンに向かって飛びかかった。
突然襲いかかってきたスージーに気づいたゴブリンたちはすぐさま手に持った粗末な武器で迎え撃った。
野生動物らしい俊敏さのゴブリンに対し、名実共にゾンビであるスージーの動きは緩慢だ。
スージーが掴みかかろうと振り上げた腕をゴブリンは軽々と躱した。
その隙きにもう一方のゴブリンが棍棒をスージーの脳天に叩きつけた。
がづんっ!
生々しく重い音が響き、ゴブリンは致命的な一撃を見舞ったと残虐な笑みを浮かべた。
「スージー!!」
俺は慌てて彼女の元に駆け寄ろうとした。
だが、致命傷を負ったはずのスージーはまったく怯まずに棍棒を持ったゴブリンに組み付いた。
「なっ!?」
俺は思わず立ち止まって驚きの声を上げる。
がっしりと両腕でゴブリンに抱きついたスージーは棍棒を持ったゴブリンの首筋に思いっきり噛み付いた。
「ぐがぁ"〜!」
恐怖と激痛にゴブリンが泣き喚いた。
「ゲギャギャー!?」
棍棒で殴られたスージーの頭部は見るからに陥没骨折していた。
さしものゴブリンも頭を殴られて怯む素振りもしないスージーの異様に怯えているようだった。
それでも敵愾心を完全に失ったわけではないようで、棍棒のゴブリンは滅茶苦茶に棍棒を振り回し始めた。
もう一方の粗末なダガーを持ったゴブリンはスージーを背後から滅多刺しにし始めた。
棍棒で殴られ、ダガーで刺され、それでもスージーは首筋に噛みつくのをやめなかった。
呆気に取られていた俺もハッと気付いてスージーの傍に駆け寄った。
「やめろ尻穴野郎!」
俺はスージーに向かって夢中でナイフを振るうゴブリンの首を掴んで一撃でへし折った。
「スージー!」
急いで助けようとしたが、既に戦いは終わっていた。
噛みつかれたゴブリンは何をやっても離さないスージーの噛みつき攻撃によって血の泡を吹いて動かなくなっていた。
スージーはそれでも、完全に死んでいるゴブリンの首を噛んでいつまでも離さなかった。
俺は一度落ち着いてから、ゆっくりとスージーに話しかけた。
「おい。もう終わったぞ。おい――――」
その時、俺はスージーが泣いていることに気付いた。
一度に色んなことが起こりすぎて俺はおたおたと狼狽えた。
「ど、どうした!? ゾンビでもやっぱり怪我をすると痛いのか? というかお前全身ズタズタだがどうすりゃいいんだ……?」
動揺する俺を無視してスージーはゴブリンの死体から手を離して泣き続けた。
「う"ぅ"〜……あ"ぁ"〜〜!」
その後、スージーはふらふらと母親の亡骸に歩み寄った。
その亡骸を抱き上げるとその顔を見ながらわんわんと泣いている。
「…………」
俺がどうすればいいか戸惑っているとまた女神の声が聞こえてきた。
『初戦勝利、おめでとう。ネクロマンサーのレベルが2に上がったわよ。アンデッドの怪我を回復させる「渇望せよ」という呪文が使えるようになったわ』
「……」
『あと――――他の住民も全滅したようよ』
「……そうかよ」
女神がついでのように付け足した情報はスージーにとってあまりにも残酷な現実だった。
「せっかくゾンビになってまで帰ってきたってのに、その故郷がゴブリンに滅ぼされてしまうなんてな……」
『元気ないわね。彼女の「お母さんに会いたい」という願いは叶ったのだからいいじゃない』
俺はこんな悲劇的な状況でもあっけらかんとした女神の口調に本格的にムカついてきていた。
「いくら母親に会えたからって死んじまってたら意味ねぇじゃねぇか!」
誰もいないところに向かって突然怒鳴った俺に対してスージーが少しびっくりしてしまった。
怒る俺に女神はやれやれといった態度で言葉を続けた。
『何言っているの。あなた自分の職業が何か忘れたの?』
「あ……? ――――あぁ!」
その一言で俺は、自分がネクロマンサーであることを思い出した。
それから俺は、死んだ村人全員を『目覚めよ』で生き返らせた。
全員といってもたった12人だったが、駆け出しネクロマンサーの俺は魔力枯渇とかでぶっ倒れちまったらしい。
俺が目を覚ますとそこにはニコニコ笑顔のスージーがいた。
スージーは嬉しそうに微笑みながら口を開いた。
「あう、ううあ〜」
『ありがとうって言っているわよ、彼女。よかったわね』
すぐに女神が訳してくれたが、訳してくれなくともその笑顔で何を言ってるかは伝わってきた。
「そうか、そりゃあよかっ――――うおおお!?」
見れば、俺のベッドはゾンビになった村人たちに囲まれていた。
村人たちはゾンビっぽい虚ろな目を浮かべていながらも俺に対する感謝や尊敬の気持ちが伝わってきた。
はた目には村人全滅のうえ全員ゾンビ化という、完全にバイオハザードな結末のだが、少なくとも当人たちはあまり気にしていないようだ。
「う〜む」
俺は自分がしでかしたことの結果をどう受け止めるべきか腕組みして考えた。
「う〜」
するとそこに嬉しそうなスージーがすり寄ってきた。
「――ま! めでたしってことにすっか!」
小難しいことを考えるのはよそう。
ここは現実じゃない、魔法もあって魔物もいる異世界だ。
こういうことだってあるのだろう。
こうして、クソ女神によって強制的にネクロマンサーとしてイセカイッドされてしまった俺は。
住民全員がアンデッドとはいえ、ひとまず生活できる拠点を手に入れたのだった。
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