真祖の寵愛ミラ・リャナンシー 中編
無数の下級吸血鬼に取り付かれたコトリの全身がまばゆい光に包まれる。
巨人族であるコトリは3メートルほどの大きな光の塊となり、その光はみるみるうちに巨大化していった。
コトリに取り付いたままだったブラッドサッカーは3メートル弱だったコトリの身長から、突然地上10メートル以上にまで引き上げられて驚愕の表情を浮かべる。
戦場全体を照らす白い光は直後、燃え盛る炎となって戦場を赤く染めた。
取り付いていたブラッドサッカーが驚愕の悲鳴を残して消し炭になる。
「ウガアアアア!?」
ブラッドサッカー、中級吸血鬼、そして俺たち。
戦場の誰もが突如現れた炎の柱を見上げている。
そこに現れたのは進化したコトリの姿だった。
「『燃え盛る巨人』――――死体系の上級アンデッド……!」
俺は死霊術師としての見識で得た名前を口に出した。
周囲のブラッドサッカーたちが動揺するなか、一人のヴァンパイアがコトリに飛びかかった。
10メートルを越す巨人に吸血鬼としての驚異的な身体能力で一足飛びに胸元まで到達したヴァンパイアはしかし、手にした武器を振るう前にコトリの大きな手に捉えられた。
「ふ……ふんっ!」
暴れるヴァンパイアをコトリは気弱そうな顔に反してヴァンパイアを片手で無慈悲に握りつぶした。
手から溢れた残骸はコトリの纏う炎で炭になって燃え尽きる。
その光景を見たブラッドサッカーは恐れおののき、ザザザと後ずさる。
お陰でブラッドサッカーたちに埋め尽くされていたメリリーが姿を現した。
「ああああ! メリリーちゃんよかったあああ!」
コトリは巨大な身体を折りたたんで可能な限りメリリーに顔を近づけて笑顔を浮かべる。
以前のように暴走したりすることなく炎で相手を焼き焦がすこともない。
今回のコトリは理性的であるようだと気付き俺はこっそりと安堵の息を吐いた。
その時、しゃがみ込んだコトリに向かってブラッドサッカーの群れに姿を隠したヴァンパイアと思しき影から無数の浄化魔法がコトリに向かって放たれた。
「あっ、あっ、いいい痛い! 痛い痛い何するの〜!」
本来ならアンデッドにとって致命傷になるはずの浄化魔法がまるで豆鉄砲だ。
巨大過ぎるコトリの身体を前に浄化魔法は小さな火傷のような跡を残すばかり。
たいした怪我はしていないように見えるが被弾が増えれば馬鹿にならない。
怯えて縮こまるコトリを守るように起き上がったメリリーが巨大な盾を掲げて立ちふさがる。
「強くなっても……性格までは、変わらんか」
ふんっと息を吐くメリリー。
そんないつもの姿を見てコトリはえへへと笑った。
「おい……ここは、まかせろ」
メリリーがこちらに向けて声をかける。
「わわわわたしとメリリーちゃんが敵を引き付けるんだね? ががが、がんばる!」
浄化魔法を盾で受け止められ、ヴァンパイアたちは指示を出してコトリとメリリーにブラッドサッカーの軍勢を襲わせる。
俺たちを囲う敵の数が目に見えて減った。
大量のブラッドサッカーたちに群がれそうになると、コトリが腕を一振りするだけで火柱が上がりブラッドサッカーは消し炭になる。
隙だらけのコトリの巨体をメリリーがうまいことカバーしている。
任せても大丈夫そうだ。
「おう! 任せた! ボスは俺らがやっつけちまうから待ってな!」
二人を信じて俺は軽口を吐く。
ノワール、シェルリ、オフィーリアと目を合わせて頷きあい、俺たちは再び駆け出した。
吸血鬼に侵された町に夜の帳が落ちた。
夥しい数の吸血鬼たちを殺しながら道を切り開いた俺たちを待ち構えていたのは、さらに夥しい数の人間の死体だった。
ここは町の中心部にある広場。
いつぞやオフィーリアが町民たちに向けて演説をぶった場所には町民たちの死体がうず高く積み上げられていた。
数え切れない亡骸の山の上にリーダーはいた。
小柄な少女にしかみえないそいつは幼い面影に不釣り合いな整った美貌をたたえている。
「はじめまして。あの大暴れしているアンデッドのマスターはあなた?」
吐き気を催す濃密な死臭を含んだ夜風が少女の長く紅い髪を撫でる。
死者を踏みつけて立つその吸血鬼は血で真っ赤に染まったドレスに身を包んでいた。
元のドレスが何色だったのかもわからないほど浴びるように血を飲んだのか、自分が踏みつけにした命をなんとも思わないような無邪気な笑顔を浮かべている。
「――そうだ」
俺は少女の存在感に圧倒されないよう気を張って答える。
少女はそんな俺を哀れな小動物でも見るように嘲笑う。
「そう。そいつがそっちにいるということは、先遣隊は負けたうえにアンデットとして使役されているようね。まったく、惨めだこと」
「ミラ様……」
ミラ様と呼ばれた魔王軍第四軍のリーダーはかつての部下であったノワールにちらりと一瞥をくれる。
ノワールは複雑な視線を返したが、ミラはすぐに興味をなくしたように目線を俺に戻した。
まるで一度自分の手を離れた玩具から完全に興味を失った子どものような幼さゆえの酷薄さを感じる。
「まぁいいわ。人間の癖にそいつを倒せるってことは、それなりに楽しませてくれそうね」
真紅の髪をたなびかせてその少女は死体を踏みつけながら詠うように宣言する。
「いいわ。私の前で名乗る権利をあげる。名乗りなさい」
「……死霊術師、アーノルド・ゴーリーだ」
「アタシはミラ。『真祖の寵愛』のミラよ」
ミラと名乗ったリャナンシーの少女が両手を仰々しく開くと、その背中から腕よりも大きな蝙蝠の翼が開かれた。
弾かれるようにシェルリとオフィーリアが俺を守るべく前に出る。
ノワールは背後を取ろうと大きく迂回しながらミラに接近していく。
「脆弱な人間よ、魔王様第一の配下であるこのアタシが直々に引導を渡してやるわ――!」
開戦の合図と同時にミラの金色の瞳が妖しく光り輝く。
何を仕掛けてくるのかと警戒してその瞳を直視した俺は突然、自分の意志に反して地面に膝をついた。
「ぐっ――!?」
立っていられないほどの目眩いと頭痛。
殭屍であるオフィーリアの魅了と似た魔眼の類だろうが、その攻撃性は段違いだ。
ただ見つめられただけで普通の人間である俺の脳は神経回路がメチャクチャにされている。
このまま魔眼を浴び続ければ俺の命の炎は早晩燃え尽きるだろう。
「ゴリ様――!」
すぐさま視線を切るようにオフィーリアが俺の前に背を向けて立ちはだかった。
背中から立ち上がる魔力でオフィーリアもまた魅了の能力を発動したことがわかる。
「くっ――!」
しかし、魅了の魔眼を使ってミラの魔眼を阻害しようとしたオフィーリアから苦悶の声が漏れる。
あちらさんの魅了の方がオフィーリアよりも強いらしく、ミラの魔眼の暴威を打ち消すことはできず減衰させるにとどまった。
それでも減衰されたお陰で俺は今すぐの命の危機からは脱したが、立ち上がることすらできそうにない。
たった数秒見つめられただけでこれほどの威力とは。
無様に膝をついてオフィーリアの陰に隠れている俺を見てリサは大きく口の端を歪め、真っ黒な翼を羽ばたいた。
同時に数え切れないほどのコウモリが虚空に現れた。
耳をつんざく羽音を伴ってコウモリは洪水のように俺たちに向かって突撃してくる。
魅了の能力を全開にしているオフィーリアと動けないままの俺にはそれを防ぐ手段がない。
「させないんだからぁ!」
更に俺とオフィーリアの前にシェルリが飛び出した。
シェルリは木乃伊の能力で包帯を伸ばし、急拵えの盾を作ってコウモリの群れの突撃を防ぐ。
マミーの包帯は当然ただの布ではない特別なものだが、激流の如く殺到するコウモリの前では無力だった。
その勢いを減ずることはできても次々と貫通してくるコウモリがシェルリの身体を抉っていく。
見かねた俺は指示を飛ばしたがジェイミーはその指示を無視した。
「やめろ! 下がれシェルリ!」
「いや! 王都に行ってからあたしはずっと下がってばかりだったんだからぁ!」
その時、耳障りなコウモリの羽音に負けじと叫ぶシェルリの声にまぎれて「避けろ!」と聞こえた気がした。
「いつもゴリさんばかり無茶してぇ! あたしだって役にーーーーあっ」
続く言葉を紡ごうとしたシェルリの上半身が宙を舞う。
包帯の盾を貫通して胴体を横一文字に真っ二つに切断されたのだ。
遅れてノワールの叫び声が耳に届く。
「血刃だよ! ――あぁ、クソッ! だから避けろと言ったのに!」
ミラの背後に回っていたノワールは振り向いたミラから放たれた複数のブラッドブレードを避けたながら舌打ちをした。
俺たちを守るためにもノワールがミラの気を惹き付けているが、ノワールとの戦闘の片手間でこちらに放たれるコウモリの突撃だけで俺たちには成す術がない
地面に倒れ伏したシェルリは防ぐこともできず次々とコウモリの突撃を受けていた。
うわ言めいたシェルリのつぶやきが聞こえる。
「えへへ、ごめんねぇゴリさん。守ってあげられなくてぇ……大好きだよ」
「シェル――」
思わず這ってでも助けに動こうとした俺をオフィーリアが制した。
「お止めください、ゴリ様」
オフィーリアの声は普段の俺を盲信するような熱っぽい声ではなく、不自然な冷めたさをたたえた声に驚いて俺はオフィーリアを見る。
オフィーリアはシェルリに代わってコウモリの猛攻から俺を守ってくれていた。
親が子を守るように、図体だけは無駄にでかい俺を優しく抱き寄せるように、背中でコウモリの突撃を受けてボロボロになりながら微笑んだ。
その両目からはミラの魔眼と対抗した代償として血の涙を流している。
「やめろオフィーリア! やめろ! いくらアンデッドでもどうなるかわからんぞ!」
「ゴリ様を守ることで二度目の死を迎えるのであれば私の本望です。ゴリ様……お慕い申し上げておりました」
「ちくしょう! どうしたら……!」
俺が絶望しかけたその時――――驚いたミラの声とともに突然コウモリによる攻撃が止まった。
「痛っ……!? なんなの!」
それまで余裕そうに死体の山の上に立っていたリサが痛みに顔を歪めた。
見れば、彼女の足に何かが噛み付いている。
それは首だけになったスージーだった。
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