真祖の寵愛ミラ・リャナンシー 前編
俺たちはスージーの待つポロニアスの街に急いでいる。
シェルリが生まれ育ち、オフィーリアの父親が領主を務め、そして何より――――スージーに留守番を任せた街。
魔王軍第四軍の本隊がそこに「いる」とはすなわち、武力による占領を意味する。
ノワールからその話を聞いて俺はすぐさま死霊術師の呪文で念話を送った。
しかし、スージーからの応答はなかった。
居ても立ってもいられずすぐさま王都を発とうとした俺だったが、「休憩もとらず連戦を挑むのは下策ですわ」とロイテンシア王女に止められた。
仕方なく怪我の治療や装備の補充などをしているうちに時間は経ち、結局俺たちが街に着いたのは夕方頃になってからだった。
「どうだ? オフィーリア」
「残念ながら、生者・死者を問わず街の住人は確認できません。街中は下級吸血鬼で埋め尽くされています」
偵察から戻ってきたオフィーリアが街の様子を報告してくれる。
本来なら偵察は盗賊であるシーリーンの領分であるが、彼女は同行していない。
『地縛霊』であるシーリーンは強力な力を持つ代償として、呪縛によって王都から離れることができない。
ロイテンシア王女も国防の観点から王都に残った。
時刻は夕暮れ。
まだヴァンパイアが苦手とする日光は残っているというのに、ブラッドサッカーどもは元気に動き回っている。
「ブラッドサッカーは質が悪い代わりに、日光はボクらほど苦手じゃないんだ。だからボクらヴァンパイアは日中は奴らに守らせて寝ているんだよ」
俺の疑問に少し気怠そうなノワールが先んじて答える。
「…………」
当然のこととして自然体のノワールに対し、生まれ故郷を侵略されたオフィーリアとシェルリーー特にシェルリはショックが大きいようだ。
「お父さん、お母さん……」
死都と化した故郷の様子を絶望的な目で眺めている。
「……安心しろ。もし家族が死んでても、俺が死霊術で蘇らせてやる」
俺がシェルリの頭を撫でてやると、シェルリは黙って包帯でぐるぐる巻きの身体を俺に寄せた。
普段いがみあっているオフィーリアも、この時ばかりはシェルリを案じてその肩にそっと自分の手をのせた。
メリリー、コトリ、ノワールはそんな俺ら3人を複雑な目で見ている。
「それで……作戦は、どうする?」
落ち着いた俺たちの様子を確認してメリリーがいつもの少ない言葉で口を開いた。
俺は少し思案して。
「ンマー、真正面から挑むわけにはいかねぇわな。こういうのはボスを叩くに限る。本隊のボスはどこにいるかわかるか?」
俺がノワールに尋ねると。
「ミラ様はーーあぁ、第四軍本隊のリーダーのことね。街はずれの貴族っぽい屋敷にいるよ。……勝手に動いていなければ」
「……!」
オフィーリアがピクリと反応する。
街はずれの貴族の屋敷とはおそらく、オフィーリアが住む領主の屋敷のことだろう。
「ゴリ様、幸いにもあそこならば裏手の森から隠れて近付くことができるはずです」
オフィーリアは動揺しているだろうに、領主の娘としての矜持からか平静を装ってそう提案してきた。
俺は重々しく頷き、全員に隠密行動をとるよう伝えた。
結論から言うと、領収の屋敷には誰もいなかった。
金属鎧をガチャガチャいわせるメリリーに、高いところの枝に頭をぶつけて派手な音とともに枝を折るコトリ。
隠密担当のシーリーンが不在なのが悔やまれる。
やっとのことで辿り着いた館内を隈なく探してもボスどころか警備の雑魚敵すらいない。
元上司がいなくなっていることにノワールはため息を一つついて。
「やはりミラ様は大人しくしていられなかったか……」
基本的には生意気で子どもっぽいノワールが苦労人のようなため息をつく。
魔王軍幹部といえど、もしかしたらノワールは中間管理職のような立場なのかもしれない。
「それで、ここにいないとなるとどこにーー」
ガシャーン!!
俺の言葉を遮るように窓ガラスが割れる音が屋敷に轟いた。
「!?」
咄嗟に振り向いた時には既に、窓を破って侵入してきたブラッドサッカーの首をメリリーが大戦斧で切り落としていた。
しかし、侵入してきた敵は1体ではない。
「グルルルル!」
次々に窓へと殺到してくるブラッドサッカーの血走った眼が俺たちに向けられている。
「出るぞっ!」
「ですがゴリ様、この分ですと外は……!」
「この中に立て籠もってもジリ貧になるだけだ!」
俺たちは館のエントランスから外に飛び出した。
屋敷から飛び出すと、太陽はいよいよ山並みに隠れようとしていた。
予想通り館の周りはブラッドサッカーたちで埋め尽くされている。
「ボクの新しい主は直情型らしいね。やれやれ」
飛び出した俺の喉元に喰らいつこうと飛びかかってきた手近なブラッドサッカーの首をノワールが血のように赤い槍で薙ぎ払った。
お陰で数秒の猶予ができたが、逆に言えばそれだけだ。
依然として敵の圧倒的な数の暴力は揺るがない。
「ボクが血路を拓く。ゴリさんたちは後ろから離れないでね」
そう言うとノワールは大槍を左右に薙ぎながらまるで草刈りのようにブラッドサッカーたちの首を、胴体を刈り取りながら街の中心部に向けて進む。
「行くぞ! メリリーとコトリは後方! シェルリとオフィーリアは俺から離れるなよ!」
即席の隊列を組んで敵陣のど真ん中を突っ切る。
こうなってしまえば今更街の外に逃げるという選択肢はない。
俺たちは魔王軍の本隊に喧嘩を売りに来たのだ。
奇襲が失敗したからには、軍勢を突っ切って敵の大将を引きずり出さなければならん。
「ゴリ様!」
ガキィン!
オフィーリアの警戒した声に振り返ると、俺目掛けて振り下ろされる巨大な刃をオフィーリアが両手に持った剣で受け止めていた。
無数にいるブラッドサッカーとは雰囲気の違う巨大な剣を持った敵はシェルリの包帯に巻き取られて遠方に放り投げられた。
「ゴリさぁん! ブラッドサッカーだけじゃなくて中級吸血鬼も混ざってるよぉ!」
「ファ○ク! まぁ本隊なんだからそりゃそうだよな!」
幸いにもノワールほど上級のヴァンパイアはいないようだが、見れば先頭で道を切り開いていたノワールも複数のヴァンパイアに襲いかかられている。
流石のノワールも同時に複数のヴァンパイアを相手するのは骨が折れるようで、移動速度が落ちる。
道を切り開く速度が遅くなれば後方がブラッドサッカーに追い付かれて負担が増える。
「こいつは……まずい、か!」
いくら全身を金属鎧に包んだ『死せる魔剣士』のメリリーだとしても多勢に無勢。
すぐさまシールドバッシュで引き剥がすも次から次にバラッドサッカーは飛びかかる。
小柄なドワーフであるメリリーはみるみるうちに全身を取り付かれた敵で埋め尽くされる。
「めめめメリリーちゃああん!」
それを見てコトリが慌ててブラッドサッカーを引き剥がしにかかる。
メリリーの3倍近い身長のある巨人族のコトリが懸命にブラッドサッカーを掴んでは投げ捨てる。
しかし今度はそんなコトリの身体にブラッドサッカーたちは取り付きはじめた。
そんなコトリの様子を見てメリリーが叫ぶ。
「もういい……お前だけでも、逃げろ!」
「いいいいや! いやいやいやだよぉ!」
俺も何か手助けをしようとしたが、時折飛び込んでくるヴァンパイアがそれを阻む。
そうこうしているうちに徐々にメリリーたちとの距離は開き、完全に彼女たちは孤立した。
「コトリ……逃げろと、言っているだろ!!」
寡黙なメリリーの聞いたことのないほどの大声が聞こえてくる。
何か手立てはないのかと必死に考えを巡らす俺の耳に、聞いたことのないほどのコトリの大声が響く。
「い、いいーーーー嫌だっていってるもん!!」
激しい戦闘音が鳴り響く戦場から一瞬、音が消えたかのように錯覚するほどの大音声。
「もう3人、離れ離れにならないって決めたもん!!」
いつも小声でどもりながら話すコトリの、断固とした決意表明。
俺たちが瞠目すると同時に、コトリの身体からまばゆい光が立ち上った。
「あれは、まさか……!」
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