王女ロイテンシア 前編
「ふぅ……」
動かなくなったノワールの亡骸から手を離すと俺は戦闘が終わったことに安堵して尻もちをついた。
地下通路の床はじっとりと湿っているが知ったことか。
そんな死線を乗り越えて疲労困憊の俺におずおずとオフィーリアが話しかけてきた。
「ゴリ様。お疲れのところ誠に申し訳ございませんが……あちらをご覧になってください」
「あん? あちらって……」
オフィーリアが指さした方を見やると、そこは巨大な血の海になっていた。
血の海の真ん中でぽつんとコトリがガタガタ震えながら立ちすくんでいる。
「? なんだあれ。あそこに何が――――ハッ!?」
コトリがいた場所。
それすなわち王女と王女を守る騎士たちと下級吸血鬼たちが入り乱れて戦っていた場所だ。
コトリの背後の壁にはノワールを倒すために手放した大戦斧が突き刺さっている。
「オイオイオイ! まさかよりによってそこに飛んでいったのか!?」
コトリが震えながら答えた。
「ききき……急にメリリーちゃんの斧が飛んできて、みんな死んじゃったよぉ」
「ファ○ク……」
俺は思わず天を仰いだ。
別に守ろうとしたわけではないが、なんの罪もない王女たちを俺たちが殺しちまったとなると話が変わってくる。
困り果てているとシーリーンがふわふわと近づいてきた。
「何を困っているのかしらぁ? あなたは死霊術師なんだから、生き返らせればそれでいいんじゃなぁい?」
「……ま、結局そうするしかねぇか」
今さら倫理観だとか罪悪感とか言っても始まらねぇ。
ここは異世界で俺はネクロマンサー。
やれることをやるだけだ。
「――『帰還せよ、死せる者よ』」
俺はコトリにどいてもらって散らばる肉片たちに向けてシーリーンを蘇らせた時に使った強力な蘇生呪文を唱えた。
血の池地獄と化した地下道の一角に見慣れた光が満ちる。
人数が多いからかいつもより光が長く続いたような気がしたが、それでも徐々に光が収まるとそこには王女と騎士たちの姿が――と思いきや。
「んん?」
そこに現れたのはドレスを纏った王女だけだった。
ほんのり青みを帯びた長く美しい髪と、王女の証である金の冠。
侍女に持たせるのを前提とした大きく広がった純白のドレス。
瞳を閉じて光の中から現れるその様はまさに童話に語り継がれる眠り姫のよう。
王女というからには妙齢の女性かと思いきや、不相応な威厳でわかりずらいが王女は予想よりも若かった。
シェルリやオフィーリアより少し上くらいじゃないだろうか。
「……王女ひとりか? 他の騎士たちはどうなったんだ?」
思わず口をついて出た疑問に応えるように、厳かに王女の瞳が開く。
目覚めた王女は正面に立つ俺をまっすぐ見つめてくる。
相手の心の内を見透かすような蒼の瞳に見据えられて思わず俺は居住まいを正してしまう。
王女はそんな俺の様子を見て、スッと威厳に溢れたお辞儀とともに口を開いた。
「お初お目にかかります。私はロイテンシア・ローン・ロイテル。このロイテル王国の王女です。私を助けてくださったのは貴方様ですか?」
「お、おう……」
あまりに洗練された王族の振る舞いにビビっていると、そんな俺を戒めるようにいつの間にか近寄ってきていたメリリーが俺のケツを叩いた。
「痛ぇ!?」
「お前が……ロイテンシア王女、か」
いつもに増して低いメリリーの声からは怒りが滲み出していた。
続けて、引っ込み思案のコトリまでもが珍しく自分から口を開く。
「しししシーリーンちゃんに酷いことをした……」
俺はその言葉を聞いて、うっかりこの王女が外面に反してダークエルフを不当に投獄したあげく拷問して獄死させるような極悪人であることを思い出した。
ちらりと振り向くと、シーリーンが恐ろしい笑顔を浮かべている。
「うふ、うふふふふ……やっと会えたわぁ」
シーリーンは自分をいたぶって殺した相手に巡り会えたことを心底喜んでいる。
不本意に離れ離れになって、今こうして再集結した女冒険者3人組は復讐に燃えていた。
3人の視線を受けて王女は一瞬その顔からあらゆる表情が消える。
しかしそれも一瞬で、すぐ様心から申し訳無さそうな表情を浮かべた。
「これは……申し訳ございません。私、幼い頃に両親を亡くして以来。たった一人でこの国を治めて参りましたのです」
同情を誘うような口調でロイテンシア王女は言葉を続ける。
「表向きには完璧な執政者であろうと自らを戒めておりました。しかし――あぁ、お恥ずかしい。未熟者ゆえどこかでその反動を発散する必要があったのです」
ガチャリ――
メリリーが大戦斧を強く握りしめる音が聞こえた。
「さりとて無辜の民にその感情を向けるわけにもいかず、ご存知の通り処刑される予定の罪人にその感情を向けていたのです」
ロイテンシア王女は続けざまに熱弁を降る。
慇懃無礼で露骨な自己弁護は明白に挑発だった。
「許して欲しいとは申しません。ですが、どうかご理解ください。この国の民たちが平穏と安寧を享受できるのは私の心の均衡あってのこと。つまりはあなた方の尊い犠牲あってこそこの国は平和を保っているのです。あなた方がこのことを誇りに思っていただけたらこれ以上の幸せはありません」
「ふざけ……やがって、王女!!」
「ゆゆゆ許さない! 許さない! 許さない!」
我慢できずにメリリーとコトリが飛び出そうとした瞬間――――王女を守るように見知らぬ騎士たちが出現した。
ギョッとしてメリリーとコトリが急停止する。
俺も驚いて、すぐにネクロマンサーとしての見識で王女と騎士たちを見た。
「こいつは、『死者の姫』!? 特殊系上級アンデッドか! 死者の群れを統率することができる能力を持っているって、ほとんどネクロマンサーじゃねぇか!」
破格の能力に驚く俺たちを見てロイテンシア王女は満足そうに微笑む。
「蘇らせて頂いたことは感謝しています。ですが、私も一国を治める王女。そう簡単にあなた方の軍門に降るつもりは――」
「ふぅん? 下級アンデッドを引き連れたくらいで勝ち誇っているのぉ? 小物ねぇ」
不意にシーリーンの声が響く。
どこにいるのか慌てたロイテンシアの肩に、背後から半透明の手がかかる。
不意打ちは地縛霊の十八番だ。
「なっ!? いつの間に――!」
驚いたロイテンシアがその手を振り払おうとするも、物理無効のファントムに触れることはできない。
また略奪をするのかと思ったが、なんとシーリーンは染み込むようにロイテンシアの身体に侵入っていった。
「え、ちょ。ちょっと待っ――――」
威厳ある王女としての演技を忘れた年相応の少女らしいリアクションを垣間見せた途端、ロイテンシアの身体は内側から爆散した。
「あばーっ!?」
ギャグみたいに吹き飛んだロイテンシアは悪夢みたいに血肉を撒き散らして戦闘不能になった。
アンデッドなのだからこのくらいで消滅したりはしないだろう。
しかし付近にいた俺、メリリー、コトリは王女の血肉をまともに被ってスプラッタな有様である。
陰鬱な俺の気持ちを知らず、ロイテンシアがいた場所から出現したシーリーンは満足げな笑顔を浮かべて。
「あぁ〜、すっきりしたわぁ! これでちょっとは許してあげるわよぉ」
などと言うのであった。
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