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吸血鬼ノワール 後編


「オォ――!」


 メリリーが裂帛の気迫と共に大戦斧をノワールに向けて振り下ろす。

 ノワールは手にした鮮血の槍でそれを弾いて難なく受け流した。


「力任せに振り回すだけではボクには届かないよ」


 返礼とばかりにメリリーの全身鎧(フルプレートアーマー)の隙間を狙って鮮血の槍による鋭い刺突が襲う。


「くっ……」


 全力攻撃後の隙きを突かれてメリリーはその一撃を甘んじて受けた。


 死せる魔剣士(ドラウグル)であるメリリーにとってそれはかすり傷も同然だったが、その傷は徐々に蓄積し、彼女の戦闘力をじわじわと削いでいく。


 更なるノワールの追撃を阻止すべくオフィーリアが殭屍(キョンシー)の能力で生み出した剣を投擲する。

 同じタイミングでシェルリがノワールの死角に周りながら剣を受ける隙きを狙って木乃伊(マミー)の包帯を無数に伸ばす。


 完璧に思える二人の連携攻撃に対してノワールは不敵な笑みを浮かべ。


「それはもう見たよ」


 素っ気なくそう呟くと、向かい来る剣を背後のシェルリに向けて弾き返した。

 包帯を伸ばしていたシェルリはそれを受けることができずオフィーリアの剣がシェルリの胴体を貫いた。


「いったーい! オフィーリアちゃんもっとしっかり狙ってよ!」


「シェルリさんがトロいのではないのですか!?」


 普通の人間であれば致命傷のダメージを受けてもシェルリは平然と能天気なやりとりをしている。


 しかし、戦闘特化型の騎士系(ナイト)アンデッドのメリリーと比べて、普通の死体系(ゾンビ)アンデッドであるオフィーリアとシェルリは明らかにハイレベルな戦闘についていけていない。

 役割が違うとはいえ、これ以上無理はさせられない。


「シェルリ、オフィーリア! 下がれ! 俺が前に出る!」


 俺は死霊術師(ネクロマンサー)としての命令で二人を強制的に下がらせた。

 このハイレベルな戦闘において、生身の人間である俺が前に出るのは言うまでもなく自殺行為である。


「前に出るぅ!? 何言ってるのゴリさぁん! 今度こそ死んじゃうんだからぁ!」


「そうですゴリ様! お考え直してくださいませ!」


 予想通り二人は命令に従って後方に下がりながらも非難轟々だ。


「落ち着けお前ら! 俺には考えがある!」


「そういってどうせまた何も考えずに突っ込む気なんでしょお!」


「ゴリ様はネクロマンサーであらせながら脳筋であらせられますからね……」


 二人の言葉に俺は反論しようとしたが、これまでの戦闘(おこない)を振り返ると否定するのは難しそうだ。


「俺のことがよくわかってるじゃねぇか。それなりに長い付き合いなだけある……な!」


 俺は苦笑いしながら戦うノワールとメリリーに向けて駆け出した。











 制止の声を無視して駆け出した俺の背後からシェルリとオフィーリアの悲鳴があがる。


「やっぱりぃぃ!?」


「本当にご勘弁なさってくださいゴリ様ぁ!」


 丸腰で走り出した俺の背後からシェルリの包帯が伸びてきた。

 肉体強化と防御力強化の魔力を持った包帯がかつてコトリと戦った時のように俺の全身を包む。

 加えて包帯が運んできたオフィーリアの剣が2本、俺の両手に握られる。


 これが魔力切れの今、俺にできる最善の策。

 今も必死に一人でノワールの猛攻を受けるメリリーに駆け寄ると俺は命令を下した。


「メリリー! 1秒でいい、このファ○ク野郎の隙きを作ってくれ!」


 突然前に出てきた後衛の俺にメリリーは一瞬ギョッとしながらも、いつものぶっきらぼうな口調で了承してくれた。


「世話が……焼ける、な!」


 それまで前線を維持すべく防戦に回っていたメリリーは防御をやめて大戦斧を大きく横薙ぎに振るった。

 絶対に受け流せないほど全霊の力を込めて大戦斧を振るったメリリーはこの後数瞬動けない。


 俺とノワールはメリリーの繰り出した致命の一撃を同時に跳んで回避する。

 空中で俺とノワールの視線が交錯した。


「術師の分際で前に出てくるなんてね!」


 跳躍したままノワールは鮮血の槍を俺に向ける。

 剣と包帯で強化された今の俺ならば受けられるだろうか?


 しかし、防御のために胸の前でクロスさせた両手の剣はノワールが槍をほんの少ししならせただけで弾かれてそっぽに飛んでいった。

 ノワールの攻撃はただの力任せの攻撃ではなく経験と技術に裏打ちされた洗練された攻撃だ。

 どれだけ武装しようとも剣の素人である俺が受けられる道理はない。


 俺もノワールもまだ地面に着地していない。

 回避はできない。


 為す術もなくこのまま心臓を貫かれるかと思ったその時――。


「『冷血なる(ブラド――)――』 なっ!?」


 ノワールがなんらかの致命の一撃を繰り出そうとした刹那、間に割って入ったメリリーが槍を身体で止めた。

 全力で大戦斧を振るったメリリーは大きな隙きが生まれるはずだった。


 全力で振るった重い大戦斧は同じように全力を出して止める必要があるからだ。

 しかしなんとメリリーは戦闘における相棒と呼べる大戦斧を振り切ったまま()()()()のである。


 手放された大質量の戦斧がどこに飛んでいったかは知らないが、お陰で技後の隙を消したメリリーはこうして命令通り隙きを作ってくれた。

 この好機を逃しては男がすたる!


「うおおおお!」


 空中で俺はノワールの両手を掴んだ。

 そして着地と同時に手首を決めて重心を奪い、背負うようにノワールを地面に投げて叩きつけた。


「ぐはっ!?」


 吸血鬼(ヴァンパイア)といえど地下道の石畳に背中から叩きつけられればすぐには動けない。

 すぐ様俺は警察官時代に暴徒鎮圧で習った拘束術で腕関節を決めて取り押さえた。


「くっ……クソがぁ! いい気になるなよ、下等な人間がぁ!!」


 これまで平静を保ちながら戦ってきたノワールがただの人間である俺に顔に土を着けられたことで初めて牙を剥き出しにして怒った。


 ヴァンパイアの怪力で俺の拘束を跳ね除けようとした瞬間――――俺の口から俺のものではない女の声が漏れ出た。


「あら、血吸い蝙蝠(コウモリ)が本性を現したわねぇ。その方があなたにお似合いよぉ」


「なに……?」


 それは、俺の体内にずっと潜んでいたシーリーンの声だった。

 地縛霊(ファントム)は生者の身体に取り憑くことができる。


 シーリーンは浄化魔法(セイクリッドスペル)を受けないために俺の身体の中に隠れ潜んでいたのだ。


「ゴーストの分際で……! ――――!? な、なんだこれは!?」


 圧倒的に力で勝るはずのノワールが俺の拘束を解けずに困惑しだした。

 それどころか次第にノワールの力が弱まり、逆に俺の全身に力が漲っていくのを感じる。


「知らないかしらぁ? 『略奪(ドレインタッチ)っていうのよぉ』


 死霊系(ゴースト)アンデッドの能力であるドレインタッチは接触した相手から生気と魔力を奪う強力な能力だ。

 まして上位アンデッドであるファントムのものともなれば生身の人間であれば一瞬で絶命する。

 ヴァンパイアとてこうして接触して拘束されれば助からない。


「クソッ! クソッ! 離しやがれ下郎共が! ボクは誇り高い魔王軍先遣隊隊長の……」


 見下していた相手に敗北すると悟ったノワールは怒り狂って暴れる。


 それでも徐々に脱力していき……。


「こんなところ、で。魔王……様…………」


 悔しげにそう呟いたのを最後に、ノワールはすべての生気を吸われて絶命した。


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