吸血鬼ノワール 中編
ノワールの合図を受けて配下の下級吸血鬼たちが一斉にシーリーンに襲いかかる。
ブラッドサッカーの主な攻撃は毒の爪を使った斬撃と鋭い牙による吸血だ。
一斉に襲いかかる危険な爪と牙をシーリーンはまったく回避せず涼しい顔でふわふわと虚空に浮かんでいるだけで無効化している。
死霊系アンデッドは物理攻撃を完全無効化する特性を持っており、ブラッドサッカーたちの爪と牙はことごとく空を切る。
物理攻撃無効というのはそれだけでチート級の特性だ。
ただ欠点は、物理的な肉体を持たないゴースト側も物理的な攻撃がほとんどできないため攻め手に欠けることである。
しかし、死霊系上位アンデッドである地縛霊は別格である。
「無様な血吸い蝙蝠たちねぇ!」
無駄と知りつつも賢明に爪を振るうブラッドサッカーたちに向けてシーリーンがくるりと回転しながら両手を左右に薙ぐ。
咄嗟に防ごうとしたブラッドサッカーの防御を無視して彼女の爪がブラッドサッカーたちを大きく引き裂いた。
ファントムの持つ呪いの爪は相手の防御を無視して一方的に物理・呪い属性のダメージを与えることができる。
それをまともに喰らったブラッドサッカーたちはうめき声をあげて次々に倒れた。
倒れ伏したブラッドサッカーたちの上で余裕げに半透明の身体をくるんと回転させるシーリーンを見てコトリが間の抜けた声をあげる。
「ふわああ! シーリーンちゃんすごぉぉいぃ!」
圧倒的なシーリーンの強さを見てロイテンシア王女を守っていた兵士たちも「おおお!」と歓声をあげている。
これは楽勝かと思えた、その時。
「――――『浄化魔法』」
聞き覚えのあるハスキーな声が地下道に響くと同時に、シーリーンが浮かぶ場所の直下から聖なる光の柱が立ち昇り、彼女は絶叫した。
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"アアアア!!」
みるみるうちにシーリーンの半透明な身体がボロボロと崩れていく。
すぐさま俺は命令した。
「オフィーリア!!」
「はい!」
オフィーリアが剣をノワールに向けて同時に2本投擲した。
詠唱中だったノワールはあっさり呪文を解除するとなんなく槍で剣を2本とも撃ち落とす。
最初からブラッドサッカーたちは呪文詠唱の時間を稼ぐただの足止めだったのか。
「ボクを頭の足らないアンデッドと同じだと甘くみるからだよ」
そう言うとノワールは槍を構えたまま、浄化魔法を喰らって動けなくなったシーリーンに向かって駆け出した。
それを阻止すべくメリリーとシェルリが背後からノワールに襲いかかる。
「させ……るか、貴様!」
「弱った子を狙うなんて卑怯者なんだからぁ!」
木乃伊のシェルリが包帯を伸ばして拘束し、暗黒騎士のメリリーが大戦斧で必殺の一撃を与える。
隙きのない連携に思えたがノワールは熟練の槍捌きで殺到する包帯をすべて切り裂いた。
さらにメリリーの大戦斧を槍を水平に構えて真正面から受け止めた。
「な……に?」
血のように赤い槍は大戦斧の一撃を受けても折れるどころか曲がりもしていない。
恐らくはなんらかの特殊な武具であることは疑う余地がない。
なんにせよこいつ――――今まで戦ってきた奴らとはわけが違う!
「全員でノワールを足止めしろ! 俺はシーリーンを助ける!」
そう全員に向けて叫ぶと、シェルリ、オフィーリア、メリリー、コトリは4人がかりでノワールに立ち向かっていく。
俺はその隙きに脇を通り抜けてシーリーンに駆け寄った。
俺が駆けつけると、元から半透明でふわふわ浮いていたシーリーンは空中に浮かびながらボロボロと崩れて今にも消えてしまいそうになっていた。
ゴースト系のアンデッドは物理無効の代わり、ただでさえアンデッドに特攻である浄化魔法が格段に効いてしまうのが唯一の弱点だ。
「待ってろ! 今回復してやる! ――『渇望せよ』」
俺が回復呪文を唱えると、シーリーンはかろうじて消滅を免れたようだが、代わりに俺の魔力と精神力がほぼ底をついた。
この呪文は自分の魔力と生命力を対象に渡す能力であり、消滅しかかったアンデッドを蘇らせたことによる極度の魔力消費で強い目眩を感じて俺は思わずたたらを踏んだ。
「くっ……! あいつらは無事か!?」
意識に活を入れて顔を上げた俺に最初に飛び込んできたのは素っ頓狂なコトリの叫び声だった。
「わあああ! なんでこの人たち死なないのおおお!?」
見れば、シーリーンに殺されたと思ったブラッドサッカーたちはまだしぶとく生きていたらしい。
生き残っていた3体のブラッドサッカーをコトリが一挙に引き受けている。
何度も半狂乱になって拳を振るうコトリに、そこに王女を守ろうとして人間の騎士たちも加わって混戦状態になっている。
無茶苦茶に腕を振り回すコトリに人間の騎士が苦情を言う。
「ちょ、ちょっと待てそこのデカい半裸の女! 我々まで攻撃するんじゃない! 敵なのか味方なのかどっちだ!?」
コトリからすれば自分の半分くらいの大きさのゴブリンたちにもみくちゃにされているイメージだろうか?
騎士に叱られてコトリはべそをかいている。
「うええええん! もう何がなんだかわかんないよおおおぅ!」
収集が付かない前方から目をそらして俺はノワールたちのいる後方に目を向けた。
「ま、まぁコトリならやられることはないだろう……」
コトリの身体を張ったギャグのお陰で俺は冷静になって戦場を見渡した。
ノワールはメリリー、シェルリ、オフィーリアと1対3で戦っているにも関わらず3人を押している。
ブラッドサッカーもそうだが、やはり吸血鬼族の厄介な点はやはりタフなところだろう。
浄化魔法が使えるとわかった以上、決して呪文詠唱の隙きを与えまいとオフィーリアが遠距離から剣を連続で投擲。
隙きあらば伸ばした包帯で拘束しようと中距離で牽制するシェルリ。
そして後衛を狙われないよう盾役を務めながら大戦斧で大ダメージを狙うメリリー。
連携は完璧とも思えたが、そのうえでなおノワールの方が3人を圧倒している。
ノワールとて無傷ではないが上位吸血鬼の回復能力は凄まじく、多少の切り傷刺し傷くらいであればすぐに元通りになってしまう。
対してこちらは致命傷を受けても死なないアンデッドであるが、怪我や傷が自然に治るわけでもなく、受けたダメージはこちらの戦闘力をジリジリと奪っていく。
「ファ○ク! 死霊術師としてあいつらを補助しようにも魔力がねぇ」
まさか、アンデッドパーティであるこちらが持久戦でジリ貧に追い込まれるとは夢にも思わなかった――。
打開策を考えあぐねていると、目を覚ましたシーリーンが不意に妙案を語りかけてきた。
「――――あらぁ? 魔力がないなら、奪えばいいんじゃなぁい?」
それは意外な提案だった。
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