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吸血鬼ノワール 前編


 地上はまさに地獄だった。


 王城の周りは既に魔物に取り囲まれている。

 元は人間だったであろう人型の魔物たちがゾンビのようなうめき声をあげながら城壁をよじ登る。


 兵士たちは懸命に抵抗しているが、既に一部は侵入を許してしまっているようで城内でも戦闘が起きていた。


「あれは動く死体(ゾンビ)……いや、下級吸血鬼(ブラッドサッカー)か」


 死霊術師(ネクロマンサー)としての見識が魔物の種族を導き出した。

 ブラッドサッカーは死体系(アンデッド)モンスターではなく、吸血鬼系(ヴァンパイア)モンスター。

 アンデッドのゾンビとは似て非なるものである。


 押し寄せる魔王軍を見ながらぎりと奥歯を噛み締めながらオフィーリアが呟いた。


「……そうですか。私が魅了(ファッシネイション)した兵士が言っていたことは本当だったのですね」


 俺たちがシーリーンの居所を問い質した兵士は「魔王軍が攻めてきた」と言っていたが、てっきりそれは広場で暴れた俺たちのことを魔王軍と勘違いしたものと思い込んでいた。


 魔王軍に蹂躙される兵士を見て顔を青くしたシェルリがぽつりと漏らした。


「こ、この街に住んでいた人たちは……?」


 ヴァンパイア系モンスターは吸血行為をすることで被害者を同族にする。

 城壁に押し寄せる膨大な魔物の数から考えれば、城壁の外にいた王都の住人たちがどうなったかなど考えるまでもない――。


 自分の失態と未曾有の惨状に呆然とする俺にメリリーが声を掛けてきた。


「どうする……戦うか、ゴリ」


 流石は生粋の戦士。

 メリリーは視界を埋め尽くしかねない魔物の群れを目の前にしても戦う覚悟を固めている。


 彼女のまっすぐな視線を受けて俺は決意を固め、少しでも兵士を助けるよう指示を出そうとしたところで――。


「ちょっとぉ。まさかあんな海みたいな敵に挑むつもりぃ?」


 緊張感に欠けたシーリーンの言葉で出鼻をくじかれた。


「な、なんだ?」


「あんな雑兵は兵士たちに任せておけばいいのよぉ。私たちは敵の頭を潰しにいきましょう?」


 なにか案があるのか、シーリーンは得意げに語る。


「私の種族である地縛霊(ファントム)はぁ、自分のテリトリーとする範囲内なら生きている人間の数と場所がわかるのよぉ。私の能力によるとぉ……ぶっちぎりで強い生命力を持ったやつが王城内に侵入しているわぁ」


「敵のボスがもう王城内に侵入しているってことか!?」


「攻城は手下にやらせてぇ、ボスは自ら王女を狙っているみたいねぇ。いずれにせよぉ……私も王女に用があったからちょうどいいわねぇ!」


 殺意たっぷりの笑みを浮かべながら、俺の制止を無視してシーリーンはふわりと宙に浮かびながら、壁をすり抜けて王城の奥に向かっていってしまった。


 物理無効の死霊系(ゴースト)アンデッドの特性だ。


「あ! バカ待て…………くそっ、ファ○ク!」


 シーリーンが消えた壁に手をついてコトリが情けない声で叫んだ。


「ししし、シーリーンちゃああん! ささささ先走っちゃだめええええ!」


 心細いのかコトリは床にぺたんと腰を落としてヨヨヨと泣いている。

 デカい図体してよく泣く女だなぁ。

 俺はそんなコトリの背中をピシャリと叩いてから。


「しゃあねぇ! シーリーンを追うぞ!」


 とにかく俺たち4人はシーリーンが向かった方角に走った。











 俺たちがシーリーンに追いついた場所は王城直下の地下道だった。


 下水道を流用したと思われるそこは地下にしては広大な空間であり、天井は巨人族のコトリでもまっすぐ立てるくらい高い。

 恐らくここは王族が非常時に逃げるための逃げ道なのだろう。


 てっきり王女は王族らしく寝室か謁見の間でどっしり構えているものかと思ったが、よく考えれば城塞を破られかけているのに王族がのほほんと残っているわけもない。


「…………」


「…………」


 地下道では壁を作るように立ちはだかる数名の騎士と、そしてそれを追う数名の魔族たちが無言で対峙していた。

 騎士たちの背後からちらりと覗く美しい金髪が恐らくロイテンシア王女か。


 なぜ戦闘になっていないのかというと、それらの間に割り込むかたちでシーリーンが空中に浮かんでいるからだ。


 睨み合いに業を煮やしたのか、魔族のリーダー格らしき肌の白い美少女が前に出る。

 人間離れして整いすぎた顔の美少女は明るいブラウンの髪をボブカットにしており中性的な魅力を持っていた。


 そして恐らくは上位の吸血鬼(ヴァンパイア)である彼女はよく通るハスキーな声でシーリーンに話しかける。


「なんのつもり? ゴーストごときがボクの邪魔をするというの?」


 見下した態度に腹を立てた素振りも見せずシーリーンは皮肉で返す。


「お生憎さまぁ。そこの王女は私の獲物なのよぉ。血吸い蝙蝠(コウモリ)は蝙蝠らしく暗い洞窟にでも引きこもっていなさぁい」


 まったく引き下がる様子のないシーリーンの言葉を受けて、吸血鬼は冷静にぐるりと戦況を確認した。


 ボロボロになりながらも王女様だけは守ろうと必死で剣を構えている騎士数名と彼らに守られている王女。

 理由はどうあれ、その騎士たちの前に浮かび王女殺害を阻止しようとするシーリーン。

 地下道の後方から駆けつけた俺と、シェルリ、オフィーリア、メリリー、コトリの5人。


 吸血鬼からすれば未知の敵に囲まれた形となる。


 劣勢を悟って撤退を決断してくれればよかったのだがーー。


「ボクはノワール。魔王軍先遣隊隊長、ヴァンパイアのノワールだ」


 ノワールと名乗った吸血鬼は戦況分析してなお、自らの役職と役目を高らかに告げる。

 彼女が両手を掲げると虚空から血のように紅い槍が出現してその手に握られた。


「どんな障害があろうとも、魔王様の命に従い……王女の命を貰い受ける!」


 それが死闘の合図であった。


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