盗賊シーリーン 後編
最後の音節を唱えた瞬間、自分の全身から体温が抜けていくような感覚とともに強い虚脱感が襲ってくる。
それでも強く意識を保とうと懸命に足を踏ん張っていると、俺の眼前に光が集まりだした。
死体がアンデッドとして復活するときと同じ輝きは中空に集まると次第に人ひとりくらいの大きさとなる。
一塊となったその光が一際強くなったのち、ほろほろと花びらが散るように崩れ――――そこには見覚えのあるダークエルフの女性が浮かんでいた。
特徴的な尖った耳。
長くまっすぐ伸びた美しい銀髪。
両足をわずかに地面から浮かせてふわふわと漂う女性の褐色の肌は僅かに透けている。
まさにその姿はホラー映画に出てくる幽霊そのもの。
俺はネクロマンサーとしての見識で彼女を視た。
「死霊系上級アンデッド、『地縛霊』か」
俺たちの仲間で初の上級アンデッド。
強い恨みを持ち肉体を喪った死者がなるアンデッドであり、物理攻撃を完全に無効化するなど無類の強さを誇る。
しかし、死亡した場所に執着するため一定の場所から移動することはできないらしい。
俺が脳内でそう分析していると、ゆっくりとシーリーンの瞳が開いた。
ゆるりと周囲を見渡す彼女の瞳からはコトリの時のような狂気や絶望は感じられない……ように見える。
刺激しないように俺は慎重に声を掛けた。
「アー、シーリーンって言ったな? 大丈夫か……?」
シーリーンはメリリーとコトリを見つけると、気遣う俺の声を無視して一瞬で空中を滑るようにその傍に移動した。
「メリリーちゃん、コトリちゃん……!」
「シーリーン……私たちが、わかるか!?」
「よよよかったよぉ! シーリーンちゃああん!!」
仲良し冒険者3人組は俺をよそに再会を喜んだ。
メリリーやコトリの時のようなバトル展開を警戒していた俺は筋肉質な胸をなでおろした。
シーリーンから事情を聞いたところ、彼女は「大人しく従えばコトリは助けてやる」という兵士たちの口車に乗ってしまい、王都に連れ込まれたそうだ。
連れ込まれた先は牢獄ではなくこの拷問部屋であり、拘束されたシーリーンの前に現れたのはなんとこの国の王女――――ロイテンシア王女だったという。
隣国の王族の子女であったロイテンシアは国家間の友誼のために幼くして前王に嫁ぎ、跡継ぎを産む前に不慮の事故で前王が死んでしまったのだそうだ。
まだ年若いロイテンシア王女は国政において年にそぐわぬ敏腕振りを発揮し、今はロイテンシア王女がこの国の実質的な治世者である。
政治手腕、美貌、カリスマ性。
およそ女王としての素質をすべて備えたロイテンシアは国民からの信頼も厚い。
しかしそれは表向きの顔であり、完璧ともいえるロイテンシア王女には裏の顔が存在した。
それは、エルフの美しい女性を攫い、奴隷としていたぶることに快感を覚えることだった。
王女に引き渡されたシーリーンはありとあらゆる激しい陵辱を受けた。
盗賊としてその手の拷問に耐える訓練を受けていたシーリーンですらその責め苦は耐え難く、王女に強い恨みを抱いたままついに獄死してしまったという。
それが火葬までされてしまったシーリーンが地縛霊として蘇った理由だろう。
上級アンデッドである彼女は絶大な力を持っているが、きっとこの王城から出ることは叶わない。
そして、彼女が生前。死ぬ直前に願った願いは当然……。
「あの王女は私をいたぶって殺しただけでなく、大人しく従えばコトリを殺さないという約束を破ってコトリを処刑していたと? そう……」
互いの情報交換が終わったところでシーリーンは穏やかな口調に反して静かな怒りを燃やしていた。
地下室に散らばった様々な拷問器具がカタカタと音をたてて震えている。
恐らくは死霊系アンデッドの能力である「騒霊現象」だろう。
シーリーンの怒りに呼応するように震え続ける拷問器具がその恨みの深さを表しているようだ。
そんな様子の彼女を見て、メリリーは小さく頷いてとんでもないことを言い出した。
「わかった……王女、殺そう」
仰天した俺たちの中でコトリが一番最初に反論した。
「えええええぇ!? だ、だだだ駄目だよそんなことしちゃあ!」
反対意見を補強するようにシェルリとオフィーリアも口を開いた。
「そうだよぉ! だって王女様なんて殺したら大変なんだからぁ!」
「シーリーンさんの境遇には同情しますが、王女を殺すことでこの国に起きる動乱と危難は想像に難くありません」
それらの意見を受けてシーリーンは毅然とした態度で言い放った。
「私たちは冒険者……所詮はその日暮らしの根無し草よ。この国がどうなろうと知ったことじゃないわぁ。私はどうあってもあのクソ王女を殺すわよぉ」
この場にいる全員が発言したあと、全員の視線が俺に向けられた。
現状は王女を殺すのが2票、殺さないが3票。
「うぅむ……」
死霊術師としては蘇らせた責任として、可能な限り生前の願いは叶えてやりたい。
かといってそのせいでより多くの人間を死なせる結果になってはコトだ。
「仕方ね――――うぉ!」
ズズゥン――――!
俺が妥協案を提案しようとした瞬間。地下室全体が重低音を伴って揺れた。
振動で天井からパラパラと砂埃が降り注ぐ。
短すぎる揺れは地震とは思えない。
かといってシーリーンも驚いていることから彼女の能力とも違うようだ。
となれば――。
「地上……か?」
俺たちは誰からともなく顔を見合わせ。
そして、一斉に地上に向けて駆け出した。
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