村娘スージー 前編
「あのファ○ク女神が!」
目を覚ますと俺は第一声にそう叫んだ。
俺の名前はアーノルド・ゴーリー。
イセカイッド(異世界転生)が好きな元検死官だ。
頭のおかしい女神のせいで死霊術師としてイセカイッドされちまったらしい。
第一声に罵声を吐いたのは他でもない、目覚めた俺のすぐ隣に誰だか知らない少女の死体があったからだ。
「導入が雑過ぎんだよクソが! イセカイッドといえばまずはラッキースケベじゃねぇのかよ!」
ここは異世界のどこかにある山の中らしい。
すぐ脇を穏やかな小川がせせらぎ、反対側はそれほど高くはないが切り立った崖になっている。
改めて自分の身体を見てみると、服装も含めて火山で爆死する前と変わらないようだった。
ジーンズのポケットをまさぐってみたが財布やスマホもなかった。
「クソッ! そういやぁ咄嗟に買い物カゴに全部ぶち込んでドラッグストアに置いてきちまったか」
つまり今の俺は水や食い物どころか服以外の所持品なし。
ここがどこだかもわからず、頼みの綱の現地人は死んでいる。
「イセカイッド最初のイベントが死体の少女と添い寝とは泣けてくるぜ」
現状を把握した俺は仕方なく少女の死体から少しでも情報を得ることにした。
特に信心があるわけではないが、一応礼儀として十字を切ってから少女に触れた。
「女性。年の頃はローティーン。田舎っぽい地味な服装で、衣服に乱れはなし」
「死後硬直から判断して死後ざっくり1日から3日。頭部に外傷あり、恐らくこれが死因か」
「所持品は……野草の入ったカゴくらい。現場の状況から鑑みて、野草取りの最中の落下死か?」
道具もないのでざっくりとした検死だが、少女の死因はすぐにわかった。
長くて癖のある赤毛を大きな三編みにまとめたこの可愛らしい田舎娘は目の前にある崖の上から落ちてきたらしい。
「遠出するような格好じゃねぇから、近隣に人の住む集落があるのは間違いない。だがそれ以上はわからねぇか」
俺は検死官であってボーイスカウトじゃない。
こんな山の中で地図もコンパスもなしに俺ひとりで人里に辿り着くのはどう考えても無理だ。
「イセカイッドしてさっそく詰まっちまったじゃねぇかあのクソ女神……」
『クソ女神とは心外ですね。誰があなたを異世界転生させてあげたと思っているのですか?』
「うおぉ!?」
耳からではなく直接頭の中に響いた女の声に俺は驚いた。
俺の独り言に返答したその声は間違いなく俺をイセカイッドさせた女神のものだった。
「てめぇ! どこにいやがるクソ女神! いつから覗き見していやがった」
『どこって、神の座にいますが? あなたのことならブツブツと独り言を言いながら死体の少女の身体をまさぐっているところから見ていましたよ』
「ばっーー、人聞きの悪いことを言うんじゃねぇよ!」
俺は姿の見えない女神を探してキョロキョロと周囲を見回してみたがどこにもいない。
どうやら本当に神の座とやらから覗き見しているらしく、仕方なく俺はとりあえず空を見上げながら話した。
「フー……」
ここにいないクソ女神に怒っても埒があかない。
一旦落ち着いた俺は、この際だから女神にこれからどうすればいいのか聞いてみた。
「……それで、この状況はどうしろっていうんだ? まさか死霊術師としてこの死体をブードゥー儀式で蘇らせろとでも言いたいのか?」
女神は『飲み込みが早いですね』などと楽しげに返事した。
『あなたはもうネクロマンサーなのですから、そんなだいそれた儀式なんていりませんよ。「目覚めよ」と唱えるだけでいいです』
「あ? なんで異世界の呪文が英語なんだよ?」
『そこは気にしないでいいですよ。因みにあなたには偉大なる女神の加護を与えていますので異世界でも普通に会話ができますよ』
この女神、自分で自分のことを偉大なる女神なんてのたまいやがった。
俺は大げさな動作でお辞儀をした。
「オーオー、偉大なる女神様。ついでに女神の加護でピザとコークでも用意してくれや。アーメン」
『……無信心者には施しません。どうせあなた無宗教者でしょう? ちゃっちゃと蘇生させて人里に案内してもらったらどうですか』
小馬鹿にした俺の態度に女神は少しイラッとしたらしく声が刺々しくなった。
「アー、ハイハイ。わかりましたよっと」
あんまり女神様を怒らせてもまずいか。
どうせ選択肢はねぇんだ。
ここは異世界ってことで、現実の倫理観には目を瞑ってもらうことにしちまおう。
俺は物言わず横たわる少女の死体に手をかざした。
「なんだったっけか、『起きろ(アウェイクン)』だったか? ――――おおっ!」
すると、突然俺の眼前に眩い光がまたたいた。
ほんの確認のつもりだったが、そんないい加減な発声でも魔法が発動してしまったらしい。
これが俺の初めての魔法。初めての死霊術か――。
光はだんだんと少女の死体に収束していき……そして消えた。
それとほぼ同時に少女は緩慢な動作で立ち上がった。
少女は虚ろな瞳をこちらに向け、抱きつくように両手を上げて口を開いた。
「あ"ぁ"〜〜う"ぅ"〜……」
「完全にゾンビじゃねぇかっ!!」
今にも俺の首筋に齧りつきそうな勢いで抱きついてくる少女を俺はかろうじて躱した。
やっぱりろくでもねぇなネクロマンサー!
自分のしでかしたことに俺がびびっていると女神が不思議そうに声を掛けてきた。
『なぜ避けるのです? 彼女、「助けてくれてありがとう」と言っていますよ』
「お前ゾンビの言葉わかんのかよ! というか助かってはいないだろ! 死んでる!」
『言葉がわかるというより、あなたの脳内に語りかけているのと同じですよ』
そうこう話している間もゾンビの少女は俺に抱きつこうと繰り返しアタックを仕掛けてくる。
ゾンビっぽい襲い動きだから避けるのは簡単だが、かなりホラーだ。
『彼女は下級アンデッドの「動く死体」になりましたね。まぁ最初の死霊術ですから当然ですね。下級アンデッドとはいえ、少なくとも創造主であるあなたの命令には従うはずですよ』
「本当か!? ス、ステイステイ――!」
俺が制止するとゾンビの少女は大人しくなってこちらを見つめていた。
「あ〜うぅ〜……」
何かを伝えたいようだが、俺には少女の言葉はただのうめき声にしか聞こえない。
『彼女、「お父さんとお母さんに会いたい」って言っていますよ』
「アー、まぁ。このくらいの年の娘だとそうだろうな。ところでお前、名前はなんていうんだ?」
「う〜う〜」
すぐに女神が訳してくれた。
『「スージー」だそうよ』
「よし……ならスージー。お前の両親のいる村に案内してくれるか?」
少女は一度上半身をガクンと折りたたんだあと(まさか頷いたつもりか?)、俺に背を向けてふらふらと歩きだした。
「んん〜〜」
……なんとなく「ついてきて」と言っている気がする。
なんにせよ人里に行かねぇといかんのは間違いない。
俺はスージーについていく前に立ち止まって空を見上げた。
「……別にどうでもいいんだが、女神。お前の名前は?」
名前を聞かれたことを意外そうにしながらも女神は答えた。
『私ですか? そうですね、サクラとでも呼んでいいですよ』
「サクラ、ねぇ」
俺はふんと鼻息を鳴らしてスージーの後ろ姿を追いかけた。
「ま、これからも適当に頼むぜ」
『ほう。まぁいいでしょう』
クソみたいな女神だが、同じくらいクソみたいな死に方をした俺にチャンスをくれたことには一応感謝している。
ゆっくりとしたスージーの歩みに合わせてついていくと、2時間ほどで彼女の村に着いた。
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