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盗賊シーリーン 中編


 シーリーンが囚われていると思しき王城は想像以上に巨大だった。


 堅牢かつ絢爛なレンガ造りの尖塔がいくつも建っており、素人目にはどこに何があるんだかわかりゃしねぇ。


 大きく開いた正門からは俺たちが起こした騒ぎのせいか夜だというのに慌ただしく馬車と大勢の兵士たちが出入りしている。


 流石に正面から乗り込むわけにはいかないので城壁を大きく迂回して裏に回ると人気の少ない裏門があった。

 裏門は数人の兵士が立ち番していたが、少し様子を見ていると慌ただしくやってきた別の兵士に声を掛けられると一緒にバタバタとどこかに走っていった。


 訝しんだメリリーとコトリが口を開く。


「随分……慌てて、いるな」


「わわわ、私たちを探しているんでしょうか……!?」


「さぁ……なんにせよ、都合がいい」


 都合が良すぎることが少し気になったが、俺たちは頷き合って裏口から王城に忍び込んだ。











 城内は外にも増して上を下への大騒ぎとなっていた。


 明らかに不審な俺たちを見かけてもそれどころではないという雰囲気で立ち去っていく。

 あまりに様子がおかしいので俺は兵士の1人を呼び止めてみた。


「なぁ、アンタ。一体全体これは何事なんだ?」


 呼び止められた兵士は苛立ちながら答えた。


「なんだお前ら!? 旅芸人か?」


「……まぁ、そんなところだ」


 せめて冒険者パーティと言って欲しかった。

 しかし――チャイナドレス女と全裸に包帯女、ドワーフの金属鎧女と巨人族の半裸女。

 おまけに筋肉ダルマの死霊術師(ネクロマンサー)ときた日には旅芸人の一座と間違われても仕方ないだろう。


「ならさっさと避難しろ! なんでもついに王都内に魔王軍が攻めてきたらしい!」


「魔王軍?」


「知らんのかこの世間知らずが! 魔王がどんどん支配域を広げているとは聞いていたが、まさかこれほど早くやってくるなんてな。……もういいか!?」


 なるほど、俺たちの起こした騒ぎは魔王軍の仕業と勘違いされているのか。

 立ち去りそうになる兵士をオフィーリアが引き止めた。


「お待ち下さい。最近この城にダークエルフの娘が運び込まれませんでしたか?」


 殭屍(キョンシー)であるオフィーリアの瞳には魅了(ファッシネイション)の異能が宿っている。

 それまで慌てていた兵士はふっと落ち着いたのち、暗い顔で答えた。


「ダークエルフ、か……。それなら地下牢にいるんじゃねぇか。ほらそっちの、地下に続く階段を一番下まで降りて――」


 気が進まないといった風に兵士はシーリーンが囚われている場所を話した。

 その様子は話してはいけない内容を無理矢理聞き出されて渋っているというより、まるでこの話題になるべく触れたくないような雰囲気を感じる。


「王女様も、これがなけりゃ完璧な……あ! 今のは聞かなかったことにしてくれよ!」


 兵士は思わせぶりにそう呟くと、そそくさと去っていった。











「お、俺は王女様の命令に従っただけだ!」


 コトリに胸ぐらを掴まれて天井近くまで持ち上げられた男は情けない声で喚いている。

 怒りのこもったコトリの瞳からはボロボロと大粒の涙が溢れ落ちていく。


 ――兵士に言われてやってきた場所は地下牢などではなかった。

 地下室には古今東西の拷問器具が博覧会のように陳列され、部屋の真ん中には絶対に被害者を逃さないという悪意を感じる無骨な拘束台が横たわる。

 埃一つないほど隅々まで手入れが行き届いた室内にはそれでもなお隠しきれないほど死肉臭がこびりついている。


 ここは牢屋などではなく、拷問部屋だ。


 俺たちがこの部屋にたどり着いた時には既に――――シーリーンはこの部屋で凄惨な拷問を受けた末、獄死していたのだ。

 どころか、居合わせた拷問官を尋問したところによれば既に火葬まで済ませてしまっており、もう亡骸すら残ってはいないと。


 ズガァァン!


 突然の騒音に驚いて振り向くと、メリリーが怒りに任せて拘束台を大戦斧で破壊していた。

 怒りのあまり全身をぶるぶると震わせている。


「ふざけるな……ふざけるなよ、貴様!」


 ガシャァァン!


 今度はコトリはシーリーンを火葬した拷問官の男を乱暴に壁に向かって投げつけた。

 壁に掛けてあったたくさんの拷問器具に埋もれるように倒れた拷問官の生死は定かではないが少なくとも静かになった。


「そんなのって……そんなのってないよシーリーンちゃあああん!」


 コトリは子どものようにわんわんと泣き、それに釣られてシェルリとオフィーリアも涙ぐんでいる。

 湿っぽいのが苦手な俺はなるべく気安い雰囲気で発言した。


「オイオイオイ。お前らなにもこれでお別れってわけじゃねーんだからメソメソするなよ」


 それを聞いて口の端をムッと横一文字に引いたメリリーが硬い声で、全員が懸念している問題を指摘した。


「死体……ないと、蘇らない」


 そうなのだ。

 今まで俺は死霊術師として誰かを蘇らせるとき、必ずその人物の死体が手元にある状態で蘇らせてきた。

 今回のシーリーンのように死体がない、それも火葬されてしまって死体がこの世に存在しなくなってしまったケースは初めてだ。

 だが、前例がないからといって引き下がるわけにもいかない。


「諦めるのはまだ早ぇ。まだ試したことはないが……新しく覚えた呪文を使ってみる」


 メリリー、コトリと。

 これまでになかった強力な敵と戦うことで俺も経験を積み、レベルが上がっている。

 強力な呪文ほど大きな魔力を使うはずなので、コトリとの戦闘での疲れが残っている俺では万全ではないが、可能性はあるはずだ。


「リスクはあるが、どの道こんなところで長居はできない。……お前ら、念の為戦闘の心構えをしておいてくれ」


 俺がそう言うと、パーティ全員が一斉に身構えた。

 メリリーやコトリの時のような蘇生とともに暴れ出すことを警戒しておいて損はない。


 俺は仲間たちが準備できたことを目配せで合図して、ゆっくりと新呪文を唱えた。

 いつものように死体に手をかざすのではなく、シーリーンが絶命したこの拷問部屋全体を意識して。


「――『帰還せよ、死せる者よ(カースレブナント)』」


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