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神官コトリ 後編


 まるでモンスターをハントする某ゲームのようだと俺は思った。


 人間とは思えない巨躯から繰り出される一撃は受け流すだけで骨が震える。

 避けたつもりでも掠っただけで超常の炎が俺の肌を焦がす。


 ほんの少しの判断ミスが即死に繋がってしまうプレッシャー。

 自分がいかにちっぽけな存在であるのかをコンマ秒単位で全身に思い知らされる。

 神話や伝説でドラゴンに立ち向かった英雄たちはきっと今の俺のような絶望的な気分だったのだろう。


 ガギィン! バキィン! ドガッ!! 


「はぁ……! はぁ……! うぉお!?」


 オフィーリアの魅了(ファッシネイション)でコトリが正気を取り戻すまでの時間稼ぎとはいえ、俺はじわじわと追い詰められている。

 俺の体感ではもうとっくに1時間は経っている気がするが、オフィーリアが何も言わないところをみるとまだきっと3分だって経っちゃいないのだろう。


「はぁ、はぁ――! あのクソ女神(サクラ)め! やっぱり死霊術師(ネクロマンサー)なんかじゃなくて素直に勇者っぽいチート能力を寄越してれば俺もこんな苦労は……」


 追い詰められて思わずいつもの悪態をついてしまう。

 その隙を狙ってコトリが片手でメリリーを抱えたまま空いている片手を伸ばしてきた。


 あの炎の手に掴まれれば助からない!


「あっぶねぇえええ!?」


 咄嗟に横に全力で跳びこんで紙一重で死の腕を避けた。

 避けたはいいが、地面にうつ伏せに倒れて無防備な背中を晒してしまっている。


「ウふふアはハはは!」


 コトリは嬉しそうに俺の背中を踏み潰そうと足をあげる。

 やむなく俺は大戦斧を手放して地面を横向きにごろごろと転がった。


 ズガン! ズガン!


 俺が直前にいた場所の石畳が陥没して火柱があがる。

 目が回ってくらくらするくらい転がったところでやっと踏みつけ攻撃は収まった。


 フラフラしながら立ち上がるとオフィーリアが声を上げた。


「あと少しですゴリ様! なんとか耐えてください!」


「お、おぉ……!」


 空元気で返事すると同時に大戦斧の位置を確認する。

 大戦斧はコトリの足元に落ちていた。

 あれなしではコトリの攻撃を凌ぐことも難しい。


 どうにかして取り戻さなければと考えていると、シェルリの緊迫した声が届いた。


「ゴリさん危ない!」


 見上げると猛烈な勢いで燃え盛る何かが俺に向かって飛んできている。

 それが何かはわからないが、直撃すれば確実に死ぬということだけはわかる!


「う、うおおお! ぐっ――!」


 気合いで身をよじるも完全には避けきれず、迫りくる何かは俺の肩を掠めていった。

 堅くて重いそれは掠めただけで俺に火傷と打撲の深刻なダメージを与えた。


 ガシャアアン!


 俺が痛みを堪えていると、飛んできた何かは大音声で地面に叩きつけられた。

 ちらりとそちらに目をやると、それは黒焦げになってはいるがどこか見覚えのある金属鎧(フルプレートアーマー)を身に纏っていた。


「メ、メリリー!?」


 それは先程までコトリに抱き締められながら燃えていたメリリーだった。

 怪我をおして駆け寄ると彼女はまだ微かに動いている。

 無惨な姿にされているが、今すぐ回復すればまだ助かるはずだ。


「『渇望せ(クレービ……)……」


「よそ見してはなりませんゴリ様!」


 回復呪文を詠唱しようとした隙き、オフィーリアの声にハッとして振り向くのとコトリの両腕が俺の身体を捉えるのは同時だった。

 瞬きの間に俺はさっきまでのメリリーと同じようにコトリに抱き締められた。


「ぐ――ぐあああああああ!!」


 俺の全身を超自然の業火が包む。

 いくら防具とシェルリの包帯で保護されているからといって、このままでは俺の命は1分と保たないだろう。

 だが、あと1分俺が時間を稼げばオフィーリアの魅了でコトリは正気に戻る。


 つまり例え俺が死んだとしても俺の役目は果たせる――。


 そんな諦めかけた俺の脳裏に、町で待つスージーの顔が浮かんだ。

 あいつに俺は無事に帰ってくると約束したんだっけ。


 きっと俺がここで死ねば、泣き虫のスージーはきっと悲しんで泣いてしまう。

 もう俺はあいつを二度と泣かせないと決めたんだ。


 ――――なら、こんなところで死ぬわけにはいかないな。


「『死者よ、我が意に従え(カースドール)』――!」


 炎に焼かれながら俺は必死に呪文を唱えた。


 これは死者からアンデッドを生み出す呪文ではなく、一時的に周囲の死者を自分の思い通りに動かすだけの呪文である。

 コトリの周囲で数人の死体が幽鬼のようにうっそりと立ち上がる。

 俺が指定して立ち上がった死者は全員白いローブのような衣装を着ていて、手に持った杖をコトリに向ける。

 続けて生命力のない口をぽっかりと開き、一斉に同じ言葉を口にした。


「「「『浄化魔法(セイクリッドスペル)』――――」」」


 俺が操った神官の死体が神聖呪文を唱えると、俺とコトリの足元から太い光の柱が立ち昇った。

 生者の神の神官だけが使えるとされる『浄化魔法』の光。

 ネクロマンサーといえど生者である俺にとってはただ眩しいだけの光だが、アンデッドであるコトリにとっては焼却炉に落とされたも同然だ。

 不浄を焼き払う光に包まれてブスブスと身を焦がしながらコトリは絶叫した。


「アアああ嗚呼ああああああああああああ!!」


 コトリは俺から手を離して焼け焦げる自分の身体を自分の両腕で抱き締めた。


「熱い熱い熱い!! イヤダイヤダ嫌だあああああ!」


 狂乱して手足を振り回しながら暴れ狂うコトリによって俺が操っている神官たちは次々に肉塊へと変えられていく。

 光の柱が消えようとする最中、俺は荒れ狂う暴風のようなコトリの手足を避けながら、最後の力を振り絞って足元に落ちていた大戦斧を拾い上げた。


「助けて! メリリー! シーリーン! 怖いよおおおおお!!」


 子どものように泣きながら助けを求めるコトリに僅かに心を痛めながら、それでも。


「悪かったな、助けるのが遅くなって」


 俺はコトリの首目掛けて大戦斧を振るった。











 無慈悲な切れ味を持つ大戦斧によってコトリの首が宙を舞う。

 そのまま地面に落下すると思われた首は、地面に落ちる寸前に何者かによって受け止められた。


 なんとコトリの首を受け止めたのは黒焦げになったメリリーであった。

 メリリーは喉が焼かれているのだろう、掠れた声で呟いた。


「まったく……世話が焼ける、な」


 回復魔法が間に合ったのか、ボロボロになってはいるがメリリーは自分の足で立っている。

 メリリーの顔を見て、首だけになったコトリは大きな声で泣いていた。


「うえええええん! メリリーちゃあああん!」


 アンデッドは首を切り落とされたくらいでは死なない。

 タフなアンデッドを無力化しようとするならこれくらいしなければならないのだ。

 破損した肉体は後で俺が回復させてやればいいだろう。


 魅了が間に合ったのか、コトリを包んでいた炎はすっかり収まっている。

 わんわん痛かったのか、怖かったのか、仲間と再会できて嬉しいのか、コトリは泣きながらメリリーに優しく抱きとめられている。


 もう仲間を焼き焦がすことはないだろう。


 俺はそれを見て安心し、疲れと全身の火傷の痛みからその場で気を失って格好良く倒れようとしたのだが――。


「あ〜〜! ゴリさん後ろぉ!」


 シェルリが素っ頓狂な声をあげたので何事かと振り向くと、首を失ったコトリの体が俺の上に倒れかかってくるじゃないか。


「ファ……ファーーーーーーーー◯ク!!」


 俺は今度こそ最後の力を振り絞って悪態をついて、巨体の下敷きになって倒れたのだった。


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