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神官コトリ 中編


 ――――ガシャン!


 メリリーが燃え盛る磔台の前で地面に両膝を突いた。

 助けたかった仲間の遺体を見上げて力なく呟く。


「また……守れ、なかった」


 俺は彼女に掛ける言葉もなく、泣き崩れるメリリーの傍に立ち尽くすしかなかった。

 そこにシェルリが鋭く注意を促した。


「ゴリさん! 増援が来ちゃったみたいだよぉ!」


 見れば兵士の増援がゾロゾロと広場にやってきてる。

 急いでここから逃げなければならないが、このままコトリの亡骸を置いてはいけない。

 俺はすぐに決断をした。


「コトリを蘇らせてここから逃げるぞ! 『降り来たれ(ポゼッション)』――!」


 燃え盛る磔台に手を向けて俺は呪文を唱える。

 いつもの光が磔台を包み、すぐに収束した。


 これまでであれば光が収まればそこにはアンデッドの姿になったコトリが現れるはず。

 にもかかわらず、炎は一向に収まらない。

 まさか失敗かと驚いた瞬間、ミシミシと音を立てて磔台が軋みだした。


 バキッ――――バキバキバキィ!!


 大きな音とともに磔台が砕けると、そこには燃え盛るアンデッドの姿となったコトリが立っていた。

 すぐに俺は死霊術師(ネクロマンサー)として検分する。


「『燃える死者(バーニングデッド)』、焼死した死者がなる死体系(ゾンビ)中級アンデッド。常に超自然の炎で燃えているが自分自身は燃え尽きることはない――――か」


 どうやら少し特殊なアンデッドになったらしい。

 動き出したコトリを見てメリリーは泣き止んでよろよろと立ち上がった。


「コトリ……?」


「うふ……うふふふふ」


 話しかける仲間の言葉を意に介さず、コトリは虚ろな瞳で嗤っている。


「あはハははハハはははハ――!」


 業火を身に纏って狂い笑うコトリ。

 身長3メートルもの巨躯で立ったまま燃え盛るその姿はまさに悪夢そのものだ。

 増援でやってきた兵士たちはあまりの恐怖に腰が抜ける者や失禁する者が続出した。


「あハ? ――アハはハはは!」


 怯える兵士たちを見咎めたコトリは燃える巨腕を振りかぶって叩きつけた。

 常識外れの長身から繰り出される拳は広場の石畳をやすやすと打ち抜いた。

 くわえて叩きつけた場所を中心に超自然の火柱が上がる。


「やめろ……コトリ、やめろ!」


 コトリを止めようとするメリリーの声は彼女に届いていない。

 火ダルマになってもがき苦しむ兵士を見てコトリは嬉しそうに腕と足を無茶苦茶に振り回した。

 たったそれだけで、気がつけばすべての増援兵士が焼死していた。


「……ファ○ク」


 俺は自分がしでかしたも同然の惨劇に悪態をひとつ吐くのが精一杯だった。

 たしかにこいつらは無実の罪でコトリを処刑したが、何も全員死ぬことはない。


 兵士を全滅させてこれで落ち着くかと思われたコトリは広場の外に目を向けた。

 広場の外にあるものは当然、市民が住む民家である。

 それを意味するところを理解したメリリーがコトリの眼前に立ちはだかる。


「もうやめろ! ……コトリ、私がわかるか?」


 初めてコトリの目が自分の腰より低い位置にあるメリリーの目を捉えた。

 メリリーは戦意がないことを示すために自分の代名詞ともいえる大戦斧を足元に置いている。


 そんなメリリーを見て、コトリはにっこりと嬉しそうな笑顔を浮かべる。


 親しい友人に挨拶するようにゆっくりと手を伸ばし――――燃え盛る大きな両手でメリリーを抱き寄せた。


「ぐ……ぐああ、ああ!」


「メリリー!!」


 一瞬にしてメリリーは全身を炎に包まれた。

 駆け寄ろうにも、メリリーを抱いたコトリは全身に炎を纏っている。

 生身の人間である俺では近寄ることすら自殺行為だ。


 だが、アンデッドであるオフィーリアとシェルリは別だ。


「ゴリ様はお下がりください! ここは私たちが」


「悪い子はやっつけちゃうんだからぁ!」


 剣を両手に出現させたオフィーリアがコトリに飛び掛かる。


「あなたに恨みはありませんが、覚悟してください!」


 しかし一般的な女性の身長しかない2人と巨人族であるコトリとではリーチが違いすぎる。

 メリリーを抱きしめるコトリの腕を切り落とそうと跳んだオフィーリアは呆気なくコトリの蹴りを受けて叩き落された。


「キャー!」


 瓦礫に叩きつけられたオフィーリアはすぐに立ち上がろうとしたが、チャイナドレスのスカートが燃えていることに気がつくと、慌てて火をはたいて消そうとした。


「キャー! キャー!」


 恥ずかしがりながらパタパタと燃えるスカートをはたいているオフィーリアを見たシェルリは自分の全身に巻かれた包帯を伸ばしながら叫ぶ。


「もう! 女の子にひどいことして許さないんだからっ!」


「あ、バカ……!」


 俺は思わず制止の声をあげたがもう遅い。

 リーチの差を埋めるべく転倒させようとしたのか、コトリの足元に伸ばされた包帯は足に触れた瞬間、ごく自然の流れで着火した。

 火が包帯を伝ってみるみるうちにシェルリの身体にまで到達する。


「あっちちち!? あつーーい!」


 火だるまになりかけたシェルリは広場にあった噴水の中に飛び込んだ。


 そんなコントのようなやり取りを俺たちがしている間にもメリリーはコトリに抱き締められながら燃えている。

 いくらアンデッドでも、全身を燃やし尽くされればきっと消滅してしまうだろう。


 かといって、燃え盛る巨大なアンデッドを前に人間の俺に何ができる?


 俺は筋肉しか能のないネクロマンサー。

 木乃伊(マミー)のシェルリは炎が弱点でほとんど何もできない。

 殭屍(キョンシー)のオフィーリアはまだしも戦うことができるが、勝つとなると厳しいだろう。

 どうすれば狂乱するコトリを無力化して正気に戻すことができることができる……?


 正気に戻す――――?

 そこで俺は思いついた。


「そうだ! オフィーリア、お前の魅了(ファッシネイション)でコトリを正気に戻すことはできるか!?」


 スカートの先が焦げたオフィーリアが少し思案しながら答えた。


「可能か不可能かでいえば可能です。ですが、彼女と私は同ランクの中級アンデッドですから、魅了を掛けるには少し時間が必要です」


「どのくらいだ?」


「……5分間。相手と距離を一定に保って私が魅了にだけ集中すればなんとかできると思います」


 つまり、5分間コトリを足止めさえすれば魅了で正気に戻すことができるってことか。

 しかし唯一戦えるオフィーリアが無抵抗の状態で一体誰が?


「ま、俺しかいねぇよなぁ」


 オフィーリアは俺に何か声を掛けようとしたようだが、すぐに魅了にとりかかった。

 彼女なりに俺を信頼してくれているのかもしれない。


「さぁて……命懸けの時間稼ぎといこうか」


 俺が決死の覚悟を決めていると、噴水の方からシェルリの呼ぶ声が聞こえた。


「ゴリさん!」


 シェルリの方角から突然ものすごい勢いで包帯が伸びてきて、俺の全身を守るように巻き付けられた。

 包帯は噴水の水をたっぷりと含んで濡れている。

 なるほど、火災救助で頭からバケツで水を被るのと同じってことか。

 こころなしか全身が締め付けられて力が漲る気がする。

 多少の肉体強化も期待できるのかもしれない。


「気休めにしかならないかもしれないけれど、死なないでねゴリさん!」


 噴水の中に入ったまま包帯を使い切って裸体を隠したシェルリが俺を応援してくれている。

 その様子がなんだか滑稽で俺は思うわず吹き出しそうになる。


 俺は自分がシリアスになり過ぎていたことを反省して、いつもの軽口でコトリに声を掛けた。


「おぉい! デカ女! 女同士でイチャついてないで俺も情熱的にハグしてくれねぇか?」


 たしか酒場でダークエルフに聞いた話によればコトリに身長の話はタブーだったはず。

 案の定、俺の煽りを聞いてコトリはこちらを振り返って怒りも顕わの表情で睨んできた。


 注意を引くと同時に俺は素早く広場に落ちている巨大な鉄塊を掴む。


 それはメリリーが落としていた大戦斧だ。

 メリリーはこの巨大な鉄塊を片手で振り回すが、シェルリの包帯で強化された効果なのか、両手持ちならば俺でもなんとか持ち上げられた。


「そんじゃまぁ! 派手にダンスしようじゃねぇか!」


「あっハハはハハは――!」


 大戦斧を振りかぶる俺とメリリーを抱きかかえたコトリの影が重なった。


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