神官コトリ 前編
朝からゆっくり馬車に揺られていると日が傾いてきた頃に王都に着いた。
王都はこれまで俺が見てきた町や村と違い、都市部全体を見上げるような巨大な塀で囲われている。
魔物の襲撃か他国からの侵略か、いずれにせよ平和な世界の都市造りではない。
石造りの巨大な正門には衛兵が検問を張っていた。
俺は「さてどんな理由をでっち上げて通してもらおうか」と考えていたが、オフィーリアが衛兵に殭屍の特殊能力である魅了を使ったらすんなり通過できてしてしまった。
便利な能力だな。
正門をくぐるとそこにはスージーの村やシェルリたちの町とは比べ物にならない大都会が広がっていた。
無数の馬車が激しく行き交い、人と物が常に移動している。
広い道の両サイドでは綺羅びやかな商店が軒を連ね、商品を求めた人々が肩をぶつけ合いながら歩いている。
ここは塀があるから土地の奪い合いなのだろう。建物も2階建てがかなり目立つ。
俺とシェルリは田舎者丸出しで口を開けたまま馬車から顔を出してキョロキョロと忙しなくあたりを見渡している。
その様子を見てメリリーが睨みつけながらぶっきらぼうに咎めた。
「お前たち……あまり、はしゃぐな」
「だってだってぇ! あたし王都には初めて来たんだからぁ!」
シェルリはメリリーの説教にまるで怯まず馬車の中でぴょんぴょん跳ねた。
メリリーは大きな溜め息をついて「これだから……子どもは、苦手だ」と呟いた。
口と態度こそ悪いが、最初に会った時は「女子どもを虐めるのは許せない」という理由で見ず知らずのスージーを助けている。
メリリーはジャパニーズツンデレというやつなのか――――あるいは本当にただ口と態度が悪いだけなのか。
常に「むっ」と一文字に口を結んだ寡黙な彼女の真意は俺にはまだわからない。
「ゴリ様……」
ふと、オフィーリアが小さな声で呼びかけてきた。
その視線は俺ではなく遠くの方を見ていた。
「どうした? ――――んっ?」
オフィーリアの目線を追うと、人々が愉快そうに声を掛け合いながらその方向に我先にと駆けていっている。
俺たちの視線に気付いたシェルリが無邪気に言った。
「えー? なんだろー! ゴリさぁん、お祭りかなぁ!?」
祭りにしてはその方角に向かうのは中高年が多くて子どもがいない。
むしろ子連れは子どもをその方角から遠ざけようと家に入っていった。
駆け出す人々はどこか見る者を不快にする下卑た笑みを浮かべている。
「そう……だといいな」
俺がオフィーリアに視線を向けると、彼女は静かに頷いて馬車をその方角に向かわせた。
「………………」
その間。
メリリーは何かを感じ取っているのか、いつもに増して寡黙に押し黙っていた。
人々が集まる方角には大きな広場があった。
広場には野次馬を近づけないように急ごしらえの柵が設けられている。
好奇の視線を柵の向こうに向ける人々は下品な笑い声を上げながら近くの人間と話している。
「おい聞いたか!? 邪教徒の処刑だってよ!」
「死んだ仲間を邪法で蘇らせようとしたんだって?」
「見ろよあのデケェ図体! 巨人族なんて初めて見るぜ」
「はやく邪教徒の女が燃え上がるのを見せろー!」
あまりの人混みで馬車が進めないところまで近寄った時、広場の中央に壇があるのが見えた。
その壇の中央には大きな磔台がそびえ建っている。
遠目に目を凝らすと、磔台には不自然に背の高い女がひとり磔にされていた。
信じられないことにその女は身長3メートルもあろうかという巨躯であり、磔台の下に足が届きそうだ。
恐らく巨人族であろうその女は気を失っているのか、頭は俯いたままで顔色が伺えない。
顔は見えないが、あれはまさか……!
壇上では白いローブを身に纏った神職らしき男が磔にされた女を指差しながら怒気を孕んだ声で糾弾している。
「この女は死者の神を信仰する邪教徒である! 王国で禁じられている死霊術を用いて死者を蘇らせようとしていたところを兵士たちが目撃しておる! 教義に従い――――これより火刑に処す!」
見れば磔にされた女の足元には薪が積み上げられており、今まさに神官が火を灯そうと松明を近づけている――!
「コトリ!!」
メリリーが馬車から飛び出した。
俺とシェルリ、オフィーリアの3人も遅れて飛び出す。
金属鎧を着用して暴走機関車のように突進し、邪魔な野次馬たちを木の葉みたいに吹き飛ばして柵に進むメリリー。
とうとう最前列に辿り着いた彼女は大戦斧の一撃で急ごしらえの柵を木っ端微塵に破壊した。
それを見た兵士たちは「邪教徒の仲間が助けに来た!」と口々に叫び、処刑を妨害させまいと陣形を組んで立ちはだかった。
その間にもメリリーの仲間――――巨人族のコトリは、緩やかに炎に包まれていく。
「そこを……ど、けぇぇぇぇぇ!!」
メリリーは躊躇いなく大戦斧を振るい、一度に複数の兵士を吹き飛ばした。
死せる魔剣士となったメリリーの強さは圧倒的だった。
このまま行けばメリリー1人で1分もしないうちに兵士たちを全滅させられそうに見える。
だが――――突然、メリリーの足元から神秘的な光の柱が立ち昇った。
「うぐ……ぐ、あああ!」
まるで強酸を全身に浴びたようにメリリーの身体はブスブスと焦げ、激痛に彼女は絶叫した。
何が起こったのかとあたりを見渡すと、兵士たちの背後で白い服の神官たちが呪文を唱えている。
「生者の神の『浄化魔法』か!」
俺が慌てて振り向くと、俺の命令を聞くよりも早くオフィーリアが神官めがけて剣を投擲した。
オフィーリアの投擲した剣が肩口に突き刺さった神官は悲鳴を上げて呪文を中断した。
お陰でメリリーの足元から立ち昇っていた光の柱は消えたが、メリリーのダメージは遠目に見ても深刻だ。
「シェルリ! オフィーリア! 神官どもに詠唱させるな!」
2人は命令を聞くやいなや逃げ惑う群衆の肩や頭を踏み台にして壇上の神官に向かって襲いかかった。
俺はメリリーの傍に駆け寄ってすぐさま回復呪文を唱える。
「大丈夫かメリリー!?」
そこにこの隙きを逃すまいと兵士たちが剣を振り上げて遅いかかってくる。
詠唱を中断すべきかと躊躇った瞬間、メリリーが重傷を押して立ち上がり大戦斧を振るってひと薙ぎに伏した。
「退けと……言って、いる!!」
メリリーはボロボロの全身に鞭打ち、鬼気迫る勢いで兵士たちを次々に斬り伏せていった。
シェルリとオフィーリアの援護もあり、俺たちはなんとか広場にいた兵士と神官をすべて倒すことに成功し、やっとの思いで磔台の前に俺たちは辿り着いた。
しかし――――。
その時既に、磔にされたコトリは全身を業火に包まれていた。
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