戦士メリリー 後編
「うー?」
蠢く鎧を無力化して一段落着いた時、すっかり回復したスージーがいつものように俺の服の裾を引っ張った。
「どうした、スージー? お腹すいたのか?」
「う"ー……」
スージーは違うと言いたげに低く唸り、包帯で拘束されたカースドアーマーが持っていた大戦斧を指さした。
何を伝えたいのかと改めて大戦斧を見てみると、俺は最近これと同じものをどこかで見たような気がした。
「――あっ! こいつ、以前酒場で会った冒険者じゃねぇか!?」
あれはたしかシェルリに連れられてこの町に来たばかりの日だ。
俺とスージーが酒場でならず者に絡まれた時、女3人組の冒険者に助けられたことがあった。
ならず者を素手で気絶させた巨人族の女格闘家と、俺らから金を盗んだダークエルフの女盗賊と、あと一人がこんな大戦斧を持ったドワーフの女戦士だった気がする。
因みに俺は助けられたことよりも盗賊女が情報料とかいって金を盗んでいったことを俺は強く根に持っている。
「うっう、うー」
「わかってる。話を聞いてみようってんだな? だがどうにもカースドアーマーは話が通じないんだよな。下級アンデッドだからか?」
俺はスージーの発言に頷いて答えた。
そんな俺とスージーのやりとりを見てオフィーリアが目を輝かせて聞いてきた。
「ゴリ様! とうとうスージーさんの言葉が理解できるようになられたのですか?」
「いや、雰囲気で頷いているだけだ」
ペットの猫や犬と会話するみたいな感覚だな。
オフィーリアが肩透かしを喰らっていると、今度はシェルリが話しかけてきた。
「ねーねー! じゃあさ、この動く鎧もゴリさんが進化させてあげればいいんじゃない!?」
それは元気だけが取り柄のシェルリにしては冴えたアイデアだ。
因みにシェルリはカースドアーマーを拘束するのに包帯を使い切って裸になってしまっている。
やむなくシェルリには俺の上着を貸してやっている。
何故かオフィーリアがそれを羨ましそうにしており、シェルリはそんな彼女をからかって遊んでいる。
「ふーむ、アンデッドに蘇生魔法の重ねがけか。やってみたことはないが面白そうじゃねぇか」
早速俺は包帯で拘束されたカースドアーマーに手をかざした。
「『降り来たれ』――!」
中級アンデッドを生み出す呪文を唱えると、それまでカタカタと蠢いていた鎧はぴたりと静かになり光輝き出した。
シェルリに言って包帯の拘束を止めさせると鎧はすぐさまひとところに集まり、そして――――。
「んん……どこ、ここ?」
光が消えると、そこには俺とスージーが酒場で出会ったドワーフの女戦士そのものがそこにいた。
人間の子どものように小柄で、その体躯に不釣り合いな全身鎧を身に纏い、身長の倍ほどもある大戦斧を片手で持っている。
長い金髪を複雑に編み上げ、幼く愛らしい顔立ちに反した無愛想な表情と同じくらいぶっきらぼうな声色。
どう見ても生前の姿そのものの女戦士は自分の身に何が起こったかわからない様子できょろきょろと辺りを窺っている。
俺はそんな彼女をネクロマンサーとして観察した。
「騎士系中級アンデッド……『死せる魔剣士』か。姿は生前とほとんど変わらず、カースドアーマーより純粋に戦闘能力全般が強化…………なるほどな」
女戦士はボソボソと脳裏に浮かんだネクロマンサーの見識を呟く俺に気付いたようでこちらをじろりと睨んだ。
「お前……会ったこと、あるな?」
どうやら記憶も残っているようだな。
「あぁ。いつぞや酒場では世話になったな。……なんて名前だったっけか?」
あまりの無愛想さにひょっとしたら答えは返ってこないかと思ったが、女戦士は口をへの字に曲げながらも短く答えた。
「メリリー……『大戦斧のメリリー』、だ」
これは後から聞いた話なのだが、どうもドワーフはメリリーのような「◯◯の✕✕」という名前が普通らしい。
誇り高いドワーフの戦士は一人前として認められると親から得意武器に因んだ名前をもらい、実力を示すために旅に出るそうだ。
メリリーは身長が人間の子どもくらいしかないから俺はてっきりまだ子どもだと思っていたが、これが一般的なドワーフの成人なんだとか。
因みにドワーフといえばボーボーに伸びた顎髭のイメージがあるが、それは男の話で女は代わりに髪を切らずに伸ばし続けるそうだ。
彼女が金髪をやたら複雑に編み上げているのは長い髪が戦闘の邪魔にならないようにしているからだろう。
風呂に入るときとか大変そうだ。
「あ~……つまり。お前は護衛任務中に魔物に襲われて、仲間を庇って死んだところまでしか覚えていないってことだよな?」
「…………」
俺の再確認にメリリーは無言で頷いた。
口数が極端に少ないメリリーは説明役にまったく向いていなかった。
根気強く事情を聞き出し、現状を伝えるには骨が折れた。
ともあれ、時間をかけてなんとかメリリーに現状を伝えることができた。
彼女は自分が知らないうちにカースドアーマーになって暴れまわっていたことを聞かされて多少驚いたようだが、すぐに落ち着きを取り戻した。
メンタルが図太いというよりも、「起きてしまったことは仕方ない」と達観した態度だ。
それどころか彼女は。
「仲間……私の仲間は、どうなった?」
自分自身の身よりも離れ離れになってしまった仲間の身を心配していた。
俺は少し思案してから答えた。
「さてなぁ……少なくとも俺らの町では見かけてねぇな。この辺りでは目立った事故や事件は聞いてねぇし、別の町に行ったんじゃないか?」
俯いたメリリーの顔は伺えないが、仲間を本気で心配する空気が感じられた。
「あいつら……強かった、襲ってきた奴ら」
メリリーは自分を殺した魔物のことを思い出しているようだ。
「あの強さ……きっと、魔王軍」
「魔王軍!? この世界に『魔王』っているのか!」
俺は異世界転生作品で聞き慣れた単語の登場に心躍った。
ラスボスって奴だな。いずれ俺が倒さなければならない相手なんだろう。
少年のようにワクワクしている俺の内心を知らずメリリーはゆっくり言葉を続けた。
「魔王軍……王都、狙ってる」
深刻そうなメリリーを気遣ってオフィーリアが声をかけた。
「魔王軍に襲われたとあれば、メリリーさんのお仲間が心配ですね……。王都に行けば何かわかるかもしれませんわ」
ちらりとオフィーリアがこちらを伺うように見てきた。
それに続くようにシェルリとスージーも俺も見る。
俺は咳払いをひとつして、努めてシリアスな顔で宣言する。
「こうして蘇らせた以上、メリリーはもう俺たちの仲間だ――――困った仲間は見捨てられねぇ! メリリーの仲間たちを探しに行くぞ!」
俺は拳を天に向かって突き上げる。
それにならうようにしてスージー、シェルリ、オフィーリアも「おー!」と片手を上げた。
俺らの一体感を見てメリリーは怪訝な顔をしたが、おずおずと彼女も片手を掲げた。
こうして、俺たちは王都に向けて新たな旅立ちをすることになったのだった。
――俺だけは内心で魔王とのド派手な戦闘を空想しながら。
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