3話「事情説明」
協会での、普段なら喜び勇む冒険者になれた喜びを表現する暇もなく、下手人の妖精によって無理矢理優遇された宿へと連れてこられた俺は、
部屋のベッドに投げ込まれた。
それからしばらくは何事もなく。
というか、こいつ。
しばらく腕を組んで何かを思い出すようにしてやがるのだ。
その時間を使って俺は、見る暇もなかったこの妖精をじっくり観察することにした。
新緑の緑と表現できそうな腰くらいまである髪に、妖精族の特徴なのか長いめの耳。
顔は……く、悔しいことに――本当にくそむかつくくらいなんだが、ドストライクな顔だ。
他に見るべきそのスタイルも。
現実にこんな人がいたら、間違いなくその顔にどたぷん――げふんげふん、スタイルに目が行くこと請け合いだというほどの容姿。
ゆえに惜しいと思ってしまう。
これであとは俺と同じくらい……せめて身長が160cmほどあればと。
だがしかし、相手は妖精。
その身長は全くと言っていいほどだ。
30cmに興奮するド変態教育は、あの変態国家で学んでないし……。
そもそもだ。
性格は、先の通り最悪の一言に尽きる。
人間の中でも立場のある人を、普通に出ていけと言ってのけたり大男をその暴力でねじ伏せたり、あれはドMすらも御免被りたいと思えるほどの奴だ。
見た目が妖精、しかし中身は鬼みたいな。
そんなのが好きな変態がいたら、こう言ってやりたいね。
お前は一度立ち止まったほうがいいと。
「――っと! 聞いてるの? シュンスケ!」
俺がそんなことを考えている間にも、妖精側の事態は動いていたらしい。
何やら拳を握りしめ――
「わー!バカ、死ぬからやめろ!」
「ちゃんと聞きなさいよ、これからクソババアの伝言を伝えるから!」
リアルで死にそうになった立場から言えば、こんなのに同じ目に遭わされたくはない。
そんなことを思った俺は、居住まいを正してありがたい伝言とやら傾聴する態勢に移った。
それが伝わったのだろう、妖精は満足そうにうんうんと頷いてから語りだした。
「まずはあたしの紹介ね。あたしはフィーナ。クソババアからあんたの面倒を見るように言われてしぶしぶやってきたわ」
それからトツトツと語られた話を要約すると――
妖精女王の知り合いとやらが、昔何かの折に俺によって助けられたことがあったらしいこと。
その何者かが助けられたお礼にとある贈り物として、もし何かが俺がいる世界で俺に何かあったとき、
俺がこの世界へと転生できるように仕掛けをしていたということ。
その仕掛けというのは、ある力を宿しているということ。
今回俺が夢だと思っていたこちらの世界はちゃんとした別世界であり、
派遣されたフィーナは最初からサポート要員として派遣されることが決まっていたということ。
あたしはあのクソつまらない妖精郷というところから、ようやくこっちに来れて嬉しかったわということ。
ホント、あのクソババアったら何度も外に出たいって言ってるのにということ。
一回だけ抜け出せたことはあったけど、結局クソババアに捕まりそうになってやけを起こしてあの高い山に大きな岩をのっけてうっぷんを晴らし……
「って、まてまてまて! 途中からお前のグチになってるじゃねぇか!」
それになんだよ、家出してヤケを起こして高い山に大岩乗せて憂さ晴らしって!
え、ちょっと待って。
「……なぁ、念のために聞くけど。あの北のほうに見える高い山にここからでも見えるでかい岩が乗ってるっていうあれのこと――」
「もちろんあれよ。ふふん、なかなかあたしとしてもいい感じに乗ってると思うんだけど、どうよ?」
どうよ? じゃねーよ。
あれ、お前の仕業かよ。
いやまぁ、あれのおかげでこちらが日本じゃないって、夢だって処理で取り乱すこともなかったんだけど。
それにしても……あんな、この街からでも見えるほどの大きさの岩を乗っけるって。
「お前の力ってどうなってるんだ?」
と、俺が質問したところでこいつはあっさりと言い放った。
「え? 何言ってんの。あたしくらいになればあれくらい余裕で持てるわよ。……まぁ、あたしが普通の妖精じゃないからでもあるんだけど」
あの郷の連中じゃ無理だろうし、なんていう言葉がポツポツと聞こえてきた。
「お前、何か力持ち系のスキルとか……そういうのを持ってるのか?」
こういう転生モノにはありがちなスキルでもあるのかと思って質問した俺だったが、
「スキル?何よそれ。 ……ああ、あたしの生まれは純粋な妖精なんかじゃなく、確か古代時代に実在していた天なんとかの巨人族の血が混じってることによるものらしいわよ」
天なんとか? それに巨人族って。
いや……さすがにサイズ的に色々無理だろ。
とは考えても答え的に、その怪力パンチが飛んでくるようなセクハラっぽい言葉なので飲み込むことにした。
「とにかく、伝言は伝えたし。もういいわよね? 下の耳長にご飯もってきてもらいましょ!」
いやいやいや。
「肝心のことがまだだろ? 俺の力って、結局なんなんだ?」
助けた記憶もなければ、お礼にと恩を着せる出来事なんてのも覚えてない俺に唯一救いがあるとすれば、俺に何かあったときに発動すると言われる力だ。
これは俺の無双ストーリーに欠かせないものになるに違いないだろうし。
そんな俺の思いとはうらはらに、このフィーナという妖精はあっけらかんと言い放つ。
「力? たしか"ハーフリンカー"というものらしいわよ。あらゆる事象を半分にってやつらしいけど、あたしには何のことかさっぱりね」
「ハーフリンカー? あらゆる事象を半分に? え?」
なんだなんだ、そのよく分からない力は。
今のこの状況でそう言われ……あれ、まてよ。
思い当たる節が、この世界にきてからありえすぎるくらいにあった。
例えば、俺の三十センチ上を見上げて話す人たちやら、俺の影が薄くなってるやら、なんか体がふわふわとしてる感覚やら。
仮説がふっと頭をよぎるが、認めたくない。
そう、認めたくないものだ!
「なぁ、俺の目をしっかりと見て話すのはどうしてだ? この街にきてから俺に話しかける人はだいたい30cm上を見上げて話してくるけど」
「はぁ? ……あんた、ハーフリング族じゃないの? あんたの身長、普通の人間のサイズじゃないわよ」
その言葉とともに俺は、クラりとした感覚を覚えたと思ったらあっさりと意識を失った。
――そして。
俺は、二度目の見覚えのある天井を見て目覚めるのだった。
病室の、白い天井を。