2話「宿屋にて」
暴力妖精の起こした騒乱の一階から場所を移し、
2階のある部屋に通された俺と妖精。
席に着くと、真向かいに立派な体格の筋骨隆々の男が座った。
その後ろには秘書ポジとでもいうようにリエナさんが立っている。
さっきも聞いていたが、元締という彼は一つ咳払いをして話し出した。
「おっほん。わしがここの元締めをしておるガルマという。君のことは聞いているよ、シュン――いや、シュンスケと言えばいいか?」
そのたっぷりと蓄えられた白いお髭が素敵でございますと、誉め言葉でなだめようとするほどに迫力のある圧が俺にかかってきた。
まぁ偽名で登録してたようなもんだからな。
あの時は夢だと思ってたことだし。
「あ、あの……すいません。だますつもりはなかったというか……」
「分かっておるよ。わしは人を見るよりも先に業績のほうを見るようにしておる。それによれば、お主が悪人でない……どころか、非常に真面目に我が協会で協力してくれておるということもな」
ホッとした。
とばっちりはないようで。
だが――
「しかし――「ちょっと人間、さっきから何偉そうに語ってんの?」……あ、いや」
頭の上から、そんなこれまたおまいう的な偉そうな声が聞こえてきた。
さっきからいないと思ったらいつの間に。
「あんたのごちゃごちゃした言葉なんてどうでもいいわよ。こいつはこれからあたしが面倒を見るんだから、およびじゃないのよ。さっさと出ていきなさいよ!」
「ち、ちがうだろ!ここがこの方の部屋だろ! それに面倒を見るってどういう……」
何言ってんだこいつという感じで言い返したが、妖精は俺の前にホバーリングしたかと思ったら言い返した倍くらいの勢いで言葉を続けてきた。
「じゃあなんでこんな部屋に来てるのよ! さっさとあんたの巣に帰りなさいよ、あのクソババアから伝えなきゃいけないこともあるってのに」
「……すまぬが――「何よ、人間。さっきから……てか、いつまでここにいるのよ! さっさと――」」
「「出て行けとかいうなよ!?」」
ループものは割と好きだが、こういうループは嫌いだ。
それにおっさんとハモるのもだ。
「おほん……。すまんが、妖精殿。わしも立場というものがあり、この少年の主という立場なのだ。仮ではあるがな」
そう。今期間限定の立場にある俺の最上司といえば目の前のこの元締めさんなのだ。
「仮? なに、こいつ冒険者じゃないの?」
まだ見習いだ……とは言いにくい。
「そうだな。真面目に働いとるし、そろそろ――「だったらさっさと冒険者にして、とっととこの場から去らせなさいよ、愚図ね。人間!」」
……こ、こいつは人を遮ってしか話ができないのか。
そもそも、人間呼びしかされない元締めの立場がない。
「そういうわけにも――」
と、元締めさんが話し始めようとしたとき今までピーチクパーチク言っていた妖精が雰囲気を変えて言い放った。
「クソババア。いや、人間の間ではこう呼ばれてたっけ。――妖精女王」
「!」
その言葉を放った瞬間、元締めさんとリエナさんがはっとしたかのような顔をしておもむろ震えだし……ってあれ?
妖精女王というのを聞いて、なんでそんな引き攣った表情になってるんだ?
「ま、シュンスケが知らないのも無理はないけど。人間の時で20年くらい前だっけ? どっかの街が一夜にして謎の光によって何もかも消滅したアレ。ナニが原因だったかな~?」
と、そんなことをいいながら二人の周囲を煽るように飛び回っていた。
「……リエナくん。彼はどうなのかね」
「ガルマさん。 ポイントはすでに規定に達しており、マイナスは全く」
規定?
俺が疑問に思ってる間にも、
二人はせわしなく机の引き出しから紙を取り出してはリエナさんがサインをして、また元締さんもサインをしだした。
そして、焦った表情でこちらのテーブルに紙を差し出して羽ペンを渡してきた。
「あ、あとはこれにサインをするだけだ。それで君は正規の冒険者となる」
おいおい、後半息継ぎなしで苦しそうだぞ。
そんなことを思いながらも、せかされるように俺もサインをした。
「すまなかった時間をとらせたなもう退室してくれて結構だ」
句読点を挟まないかのような話し方で、急ぎ退室を促された俺たちは建物からも逃げるように去ることにした。
……なんか悪い気がして。
▽
「……よろしかったのですか?」
新たな冒険者が誕生した割には、全くと言っていいほど祝福された感じがしない元締の部屋内。
ガルマはリエナの言葉にため息を吐きながらも、重苦しく自身の椅子に腰かけながら答えた。
「あくまで規則という逃げ道で逃げた形になるが……まぁ、問題ないだろう。これでポイントが足りなければ、なんとか人間のルールに妖精族が介入するのかと騒ぎ立てるしかなかったのだが」
「たしかに。ですが、さすがにあの話を持ち出されると我ら人間としては」
先ほどのシュンスケと呼ばれた新たな冒険者を探しに来たという妖精の放った一言はそれほどまでに強烈だった、
ある町の代官をしていた男がいた。
その男は、妖精の見目麗しい容姿に一目ぼれをし、その容姿目的に禁忌を犯した。
"何人も、妖精郷への立ち入りを禁ず"
大体数百年単位でこのルールが破られることもあるのだが、この男は少々どころかかなり逸脱した行為を行った。
妖精郷に侵入したばかりか、捕獲した妖精を売り買いの道具にしようとしたのだ。
当人ではなく人を使ってだが。
はじめは純粋に憧れからくるモノだったのだろう。
だが、途中から道を踏み外した代官の行動は妖精郷を統べる妖精女王に知れることとなる。
その怒りは突然だったと当時、旅人であったある男が語った自伝に書かれていた。
真っ白な光が街を包んだかと思うと、次の瞬間――そこには何もないただの更地になったという。
旅人の証言に、最初はその町を統べていた王は何をバカなと思っていたが
現場から持ち帰られたあるもので戦慄の表情を浮かべたという。
それは――
人の顔が浮かび上がった木々。
家族の嘆願と、その町へ代官を派遣していた貴族の証言によればそれらは消えた町人の顔と
代官の嘆き苦しむような顔だったという。
それらが更地と化した場所に並び立っていたというその報告は、
心胆凍らせるほどには十分すぎるものだっただろう。
以降、その出来事は世界を駆け巡り回っていった話である。
先ほどの妖精は、その話をしていたのだ。
また同じことをお前たち人間は行うのか?と。
妖精女王という存在はそこまで現在の人間にとって、恐怖の対象となっているのは仕方がないだろう。
「何はともあれ、説得力があって良かった。担当した君には悪いがな」
「いえ。今回、私のほうでもガルマさんに推挙する予定でしたので」
「そうか……」
定期的に行われる協会同士の会合など目じゃないほどの緊張感から解き放たれたガルマの精一杯の言葉である。
△
「ちょ、どこいくんだよっ!」
協会の建物から出た俺と暴力妖精だったが、俺が襟をつかまれ引き摺られている最中だった。
言葉もなくこれだから、その恐怖ったら。
あんな大男の胸倉掴んで浮かせられるのを見ていたから余計に、だ。
「話ができる場所よ。あたしら妖精にも便宜を図ってくれる宿があるってあのクソババアがいってたし」
さっきからクソババアって言ってたけど、さっきの元締めさんやらリエナさんらの様子から察すると妖精女王って人のことじゃ……。
そんな偉そうな人のことをクソババア呼ばわりはなんというか、こいつらしい感じがした。
そんなこんなで連れてこられた宿だが、見た目は普通の宿屋って感じだった。
俺を離すと、妖精は飛んでって何やら店主らしき人に話しかけてる。
あれ?
「耳の長い……もしかして!」
俺の独り言が聞こえたのか、可憐で優雅で思わずうふふが似合うと思ってしまうほどのお方はこちらを見て笑みを浮かべて言葉を紡いできた。
「ようこそ、人間の冒険者さん。私はこの宿の店主、サーラッド族の種族 ミーティア・サーラッド・エルフィンです」
声も天使だった。
そんな天使の声を遮るように、このクソ妖精は言葉を被せてきた。
「いいから、部屋借りるわよ。今後もね!」
そう言い放つと、俺の挨拶の場をぶち壊してクソ妖精は慣れたように引き摺って泊まることになるらしい部屋へと運こばれていくのだった。