6話「東郷の妹」
走っては休み、走っては休み。
学校の間もパパにおねだりをして、握力を鍛えるやつを握っていた。
おかげで握力も伸ばせそうだと、また今日も東郷の坊ちゃまの家へ行った俺だったがここでエンカウントが発生した。
まだ中学生くらいの姿で、綺麗な黒髪の美少女だった。
「あなたね! お兄様に乗っかって何か企んでる輩というのは!」
なんかフィーナを思い出す罵声だった。
言葉は丁寧だが、なんかあいつを思い出すのもむかつく話なので、額をツンツンしてやった。
「!! と、殿方がいきなり何をするんですか!? セクハラですよ!」
「額突いたくらいでセクハラか。……あーそうかもしれない」
「ふざけてるんですか!?」
ふざけてないけど、自己紹介もなく絡んでくるのやめてほしいだけです。
「えと、半田 瞬介です。君は?」
「あっ! ……と、東郷 明花よ!」
どうも。
と、俺は手を勝手に繋いでそのまま東郷の家の敷地に入って、ジムへと向かった。
「って、そうじゃなくて! なんなのよ、あなたは!」
「いや、お兄さんにフリーパスでジムを利用してもらっていいからって言われてるから……そういえば、お兄さんは?」
「お兄様は、今日生徒会で遅くなるって……って、そうではなくて」
「お兄様か、一人っ子だから羨ましい限りだな」
と、俺は素直に自分の気持ちを話した。
「そ、それはどうでも……って、そうなんですか?」
「ああ。だから、姉弟いる人とか羨ましいなって思ってる。いい兄貴だよな、君の兄さん」
俺はそれからどれだけ君の兄が良いお兄さんかというのをとつとつと話し出した。
そこからはまるで子犬が尻尾を振るようにして、懐いてきて一緒に体を動かしたり、ストレッチをしたりするまでの仲になった。
「あなた本当に変な人ですね。……これまでお兄様の回りにはいなかったタイプです」
変な人って……。
そんな変な人と一緒に運動してる君は、どうなんだ?
「それで、どうしてそこまで体を鍛えるんですか? お兄様に聞いた限りでは、何やら理由があるとかなんとかお聞きしましたが……」
「簡単な話だ。強くなりたいからだよ」
ということを伝えると、それならばと俺に合気道を教えてくれるという話になった。
敷地内にあるという道場で、手の決め方から体の動かし方など……俺の成長力半減のせいで何度もではあるが、俺は確実に彼女の教えに従って覚えていった。
翌日――
「瞬介さん! またきたんですね!」
と、嬉しそうにそりゃもう子犬が如くという感じでまた俺に構ってほしい感じで接してきた。可愛いなこういうの。
どっかのバカ妖精にも見習ってほしいものだ。
そのまた翌日――
「どうやら、君はとてつもないコミュニケーション能力があるようだね」
今日は生徒会の仕事とやらがないらしく、付き合ってもらってる東郷にそう言われた。
「え? ……いや、別に普通に接しただけなんだけど」
「そうかな? あの明花があそこまで打ち解けるなんて……すごい事だと思うよ」
そうなのか。
俺としては、妹として接してるつもりなんだけど。
世の妹はこんな感じかなって。
「それはそうと、嬉しそうに君が強くなりたいから鍛えたいというのを聞いたけど、どうかな? 剣道なんかもやってみたりするかい?」
と、ワクワクとした様子で迫られたため、せっかくという感じで習うことにした。
そこからは走り込み、合気道、剣道という練習メニューになり、あとはジムでトレーニングやらストレッチやらとコーチだという人とともに一緒になって鍛錬を始めたのだった。
そして、期限の1日前。
「はっ!」
「うお、っと! よっ……あ、しまっ」
――ドターン!
東郷の竹刀を躱したと思ったら、明花の合気道によって華麗に投げられたのだ。
今日は2人と実践的な戦闘訓練をしていた。
いよいよ明日が迷宮日だ。
……知力半減の俺の計算で、間違いがなければ。
「瞬介さん! まだまだですね! うふふ」
「いやいや、まいったまいった。結構避けれるようにはなったんだけど、さすが兄妹だな。連携が凄まじい」
「何を言ってるんだい。君だって、2週間前に比べればすごい上達ぶりだよ」
そんな感じでおだてる2人をなだめ、俺は受け取ったタオルで汗を拭った。
剣道3段という兄と合気道初段という妹2人にこうして実践式でお願いしたわけだが、今のところ全敗である。
まぁしかし、段持ちだし仕方ないし俺自体まだまだ自分が未熟だっていうのは理解している。筋肉の増減を意識しているため、プロテインとか栄養学などの健康管理はご丁寧にうちの母に、東郷の家のシェフとかが教えてくれてたりする。
なんていうか、ありがたい限りだ。
「……そろそろ聞いてもいいかい? 君が体を鍛える意味を」
「それ、私も聞きたいです!」
「あーうーんと……」
やっぱりきたか。
というか、ようやくという感じだった。
さてどう話せばいいのか……。
「実は、あることに挑戦しようと思ってるんだけど……まぁ、一言で言えばそのためかな。俺はそれに成功しなきゃいけなくて、そのためには合気道でも剣道でも体を鍛えるっていうのもしなけりゃいけなかったんだ」
「何やら戦場に向かう感じですね……」
戦場……。
迷宮攻略は、確かに戦場だな。
「それを手伝うことは……できないのかな?」
「何言ってるんだ!十分、手伝ってもらってるよ」
俺はそのことだけはしっかりと伝えたかった。
なので、ちょっと言葉は強めになってしまったが、まぁ気持ちは伝わったんだろう、それなら良かったよと深く聞かずにいてくれた。
「無事に戻ったら……いや、それ乗り越えたらだけど話すよ。ってこれじゃ死亡フラグだな……」
そう言うと俺は、そろそろ帰るよと帰る準備をするのだった。
▽
「お兄様、どういうことなのでしょう?」
「彼の目を見ていると、何か命がけという気がしてくるんだ……」
「命懸け?」
僕の言葉に妹は、疑問を感じている様子だったが――僕は彼の目の奥の覚悟を知っている。生徒会の仕事もあるので、毎日彼を見ているわけではなかったが、どうもそんな感じがしてならない。
「不甲斐ないね」
「そんな、お兄様は十分瞬介さんのお役に立ってます! ……隠す瞬介さんが悪いのです」
「ありがとう」
そう言うと僕は、妹の頭を優しくなでるのだった。
それにしても、"無事に戻ったら"か。
彼の周囲を探っても、彼がいわゆる反社組織にケンカを売ろうとする様子も、どこかへ行くということも聞いていない。
何はともあれ、僕としては彼に頑張ってもらい、その無事に戻ってきたら色々と聞いてみたいところだと思いながら、走って帰っていく彼を見送るのだった。