9話「元女王の慟哭」
一方その頃、メジェネアと第二皇子は魔法による戦いを繰り広げていた。
互いに魔法を打ち合い、それらを打ち消し合うというのを行っているとふいに第二皇子は驚いた表情をして、自らの手を見つめた。
「まさか、あの兄上がやられるとは……」
「なんじゃ、あちらはもう決着がついたのじゃな」
「ふん、そのようだ。だが――」
その手から放たれた炎の魔法に、メジェネアは少し威力を上げた地の魔法で防御する。
「兄上がやられたとなれば……僕のほうが力を増すだけ、君は死んだね」
「わらわが?」
「そうさ、僕と兄上は双子。あのお方が与えてくれた力は半分にしているがどちらかが死ねばその力は元に戻り、そして――」
また同じように炎の魔法を手に現出させ、それも先ほどよりもさらに威力をあげた大きな炎を出して卑屈に笑みを浮かべた。
「こんなふうに僕の力も上がるってことだよ……本当に君は綺麗な容姿をしているというのにすでに手付きというのがなんとも残念なことだよ。僕と一緒にこれば君もいい思いをできるというのにね……クックック」
「……」
下卑たとても王族にあるまじき卑屈な笑みを浮かべる男に、メジェネアは言葉もなくただただ静かに見つめていた。
いっそ哀れだと思うほどにその目は、彼を見つめている。
その視線が気に入らなかったのか、男は黙る。
「どうしたのじゃ? もう語る言葉は尽きたのじゃな」
「その見下しはなんだよぉ!」
そう言ってその待機させていた魔法を放つ。
メジェネアは躱しもせずに焼かれるままにただ佇んでいた。
ダメージがあるだろうに、焼き爛れたままのそれを特に何も感じようともせず。
「ハハハ、なんだその醜い火傷した恰好は! アハハハハ」
美しさを表したメジェネアに傷をつけたという行為に喜んでいるのか、その意図の読めない笑いはメジェネアには理解ができなかった。ゆえに――
「よくは分からぬが、もう婿殿もきておるのじゃ。すまぬが、時間がないので"全力"で相手するのじゃ」
そう言うと、彼女は包帯を全て外しそして呟く。
「ティンニーン(竜化)」
その瞬間、爆発的な魔力と精霊力が周囲に溢れやがてメジェネアを取り込んだ後に収まった。
そしてそこにいたのは――
「な、古代種・ラミア! き、貴様ラミアだったのか!」
「ラミア? そのような取るに足らないものではないのじゃ」
そうして下半身が蛇のようになったメジェネアはとぐろを巻いてその鱗を見せる様にいう。
「我がネ・アラシア王家はそも、竜より血を分けられし一族じゃ。その始祖はつまり――」
「りゅ、竜族だと! だがな……」
そうして男は完全となった精霊力を持ち寄って、そしてその精霊力でもって攻撃を繰り広げてきた。
「ほう? 主も面白い攻撃をしてくるのじゃな」
精霊力を用いた攻撃のそれを受け、ダメージを受けているはずなのに彼女の肌には一遍の火傷も見つけることはできなかった。
それはもちろん――
《おい、女》
《やれやれ、精霊使いが荒いオナゴじゃのう》
「すまぬな、じゃがあやつが力を誇示したいようでならばとそれは無駄だと教えるためにそなたらを呼んだ方が早いと思ったのじゃ。どうやら、ラビィの奴めも呼んだようじゃし」
《……》
《がっはっはっは、全く持って"新しき王"の傍仕えは乱暴この上ないことじゃぞい》
「な、なぜ精霊……いや、大精霊が! そうか、奴の子だ――」
その瞬間、目を光らせたメジェネアによって口に煮えたぎるマグマが出現した。
結果、男は悲鳴を上げようとするのだが溶接がなされたように閉じられたためにその声は出ることはなかった。
「婿殿を奴じゃと! うつけが!!」
瞬介がこの場にいれば、えーそんなことで?と思うような激昂を見せたメジェネアに、火の大精霊は何も言わず地の大精霊はただただ笑っていた。
「不快じゃ! 実に……実に……情けないのじゃ……」
かと思えば、突然泣き出してその場で気持ちを吐露しだした。
「わらわとしても、婿殿と愛を育み合ったのちにと思っておったのじゃ! これもわらわが自らの本当のこの姿を見られ嫌われる、それどころかもはや相手にもされぬという弱い心があの魔王城での醜態を晒してしもうたのじゃ!! 結果、あの方の種を受け入れ、精霊との契約を受け入れるという無様を晒してしまう……わらわの屈辱が貴様なぞに分かるものか! わらわは弱い! 婿殿の熱にその気持ちを慮ることもできずに……わらわは……わらわは、弱いのじゃ!」
その間にも男は、精霊の力で治そうとするがすぐそこにいる上位の精霊が与えた力を乗せた竜の力によって塞がれた口を癒すことはできなかった。
それどころか、口の中にマグマが入り込んでいきゆっくりと内臓などを溶かしていく感触を感じてしまうという地獄の状態に陥っていた。
《……お前は弱いな》
《じゃが、その弱いを知りその弱さを受け入れわしらを受け入れた》
《だからこそ、精霊と竜という交わらぬその力をお前は示すことができた。あの男、いや精霊王にその心も体も許したこそ今のお前は弱くはない》
「婿殿ー! 婿殿ー! 許してたもれー!」
そしておいおい泣き出して崩れている間にも、男は何も言えずにただただ溶かされ……やがてその命が尽きようとしてもメジェネアに相手にされずにただただ崩れ落ちていくのみであった。
「精霊たちよ、わらわの弱い心……婿殿に嫌われたくはないこの気持ち、一体どうすればよいのじゃ!」
《本人の気持ち次第だろ?》
《じゃな》
いつの間にかそこは戦場ではなく、元女王と大精霊による相談の場になってしまっていることに結局、何も言えず尽きた命ごと倒れドロドロの状態になった男は吹き荒れる風によって塵とともに消え去っていくのだった。
しばらくの間、二体の大精霊の慰めを受けた後に見たそういえば今は戦闘中だったと気づいたメジェネアだったが、もはやそこには何もなかったのは言うまでもなかった。
こうして瞬介の知らない間に、瞬介をより知ったことでもはや危険な領域の恋心となったメジェネアは相手を倒してしまうのだった。