プロローグ「転移なんて夢だろうと」
広い宇宙、狭い地球の中。
俺は、交通事故に遭った。
事故に遭うと、走馬燈が~というのを聞くし、その出来事がまるで
スローモーションのように流れるなんてのをよく聞く。
そんな中、俺はと言えば――
スローモーションのようなそうでないような不思議な時間を経験した。
だが、衝突と衝撃と体中に走るまるで引きちぎられるかのような激痛は間違いなく襲っていた。
よくある転生モノのラノベとかだとここで、俺は転生できるはずだが――。
ラノベはラノベだとは思うけど、念のために祈ってみよう。
……いや、別に現実に何か嫌なことがあってとかではないが。
結果、見たことがある病室の天井を見上げていた。
「……ま、そんな簡単に転生とかありえないよな」
結論を呟きながら、とりあえず周囲を見渡してみた。
備え付けの液晶テレビに、ナースコールっぽいボタン。
二脚のパイプイスがなんとも言えない貧乏くささを感じるそんな病室だった。
個室なんてうちの両親そんな金持ってたか? と疑問に思いながらも俺は、ため息をついて寝なおすために目を閉じた。
入院中の必要物が届くまでの辛抱だ。
寝て過ごすのがベストだろう。
……。
――そんな俺は、ある夢を見ていた。
いや、今考えればそれは果たして夢だったのか。
この夢が覚めた時に感じた違和感は決して忘れられないものだろう。
なんせ、あちらでもこちらでも俺は――。
「あぶねぇな!坊主! ……ん? こんなとこでボケーっとしてどうしたい?」
そんな言葉で俺は気がついた。
そう、目覚めたとかではなく他に気を取られてて声をかけられたので、
意識がそちらに移ったみたいな感覚。
俺に声をかけてきたのは、ぼろい幌馬車っぽいのに乗ったこれまたぼろい麦わら帽子を被ったおっさんだった。
「あ、いや……えっと」
言葉が出てこなかった。
なんせおっさんのほうを向くまでに見た景色が、
日本に生まれ育った環境とは全然違ってるというか……
高い山の上にこれまたでかい岩が乗ってるとかいう光景は、地球広しといえど見ることはないだろう。
なので、このときの俺は納得した。
これは夢だと。
おっさんにあれこれごまかしつつ、なんとか話を付けた俺は街へ自家生産品を売りに行くという農夫の馬車で送ってもらうことになった。
「にしても、お前さん。ちょっと影が薄すぎるぞ。急に現れたからびっくりしたぞ?」
とかなんとか、よく分からないことを言われながらも俺は最近の夢ってのは妙に現実味のある夢なんだなとかとんちんかんなことを考えていた。
「ところでおじさん。街に入るには何か必要なものってあるんですか?」
聞きたいことをある程度まとめた俺は、それを率直に聞いてみる。
「んあ? いやまぁ、そりゃ通行証とかありゃ早く入れるが……」
ない場合、もしくは金もない場合というのを聞けば
……結局のところ、期間限定のパスらしきものを渡されて商家の丁稚になるか、または冒険者”見習い”になるかという選択肢があるらしかった。
「そっか、冒険者か」
そんな呟きが聞こえたのだろうか、おっさんはため息をつきながら話しかけてくる。
「いや、いいんだがな。見た目があれだが、冒険者目指してるくらいだ。どっかの村から夢見てきたんだろうが……なかなか骨の折れる仕事らしいぞ?」
村から夢みて出てきたどころか、今夢そのものを見ているんだが。
そういえば、俺はバイトとかしたことがないな。
たしかに魔物討伐とか、馬車の護衛とか骨が折れる仕事だろう。
……現状ではそんなことよりも、薬草収集で生計を立てたいと思ってるんだが。
どうせ夢なんだし。
そんなとりとめのないやり取りをしていたら、すぐに街が見えてきた。
俺が生計を立てる場所となる街は、それなりの大きさらしい。
中世お約束の壁がズラーっと続いてるのが見えるし、
馬車が進む道なりには、それなりに立派な門があった。
「坊主。こうして会ったのも何かの縁だし、門までは付き合ってやるが、そこからはお前さん自身で協会へ行け」
「協会ってのは、冒険者の?」
「そうだ。……まぁ、最初は大変らしいが坊主は悪そうには見えないから、ちゃんとやってりゃ芽が出るなんてこともあるだろうよ」
というありがたい言葉を聞いて、俺はおっさんと一緒に門までたどり着いた。
そこで――
「おう、いつもご苦労様だな。 今日も新鮮な野菜かい」
という軽い調子で門番らしきお兄さんがおっさんへと声をかけてきた。
おっさんのほうも慣れたものなのか、手をあげて今年はいい出来だとドヤ顔で答え返していた。
一応規則らしく荷物を改めるということで、
おっさんと俺は馬車から降りたんだが、一度も門番のお兄さんはこちらに顔を向けてはくれない。
なので、すいませんと声をかけると――。
「おわっ!」
という言葉とともに、今気づいたとでも言うようなリアクションを取っていた。
それを見ていたからだろう、おっさんが大丈夫かいと声をかけながら説明していく。
「なんかよ、途中で道の真ん中にいたのをうちの馬が気づいて慌てて逸らしたらこの坊主がいたんだよ。こいつ、影が薄いからな」
俺ってそんなに影が薄かったっけ?
そんな疑問とともに、自分の影を見ると……確かに薄かった。
いや、そうじゃなくて。
「なるほど。それじゃ坊主。お前がこの街に来た目的を聞いてもいいか?」
おっさんの説明で気を取り直した門番のお兄さんが、俺の顔ではなく30cmくらい上のほう見ながら話しかけてきた。
「えっと、冒険者になりたくて。 ……金とかもないんで、できれば期限付きのやつを」
という答え方をしたため、お兄さんはなるほどという頷きとともにこっちへ来いというジェスチャーをして俺を門番の詰め所と思われる場所へと案内してくれた。
大人しくついていき、詰め所のテーブルで何やら丸い球を持ってきたお兄さんは手を置いてくれと説明もなしに行動を促してきた。
おそらくはよくある魔道具の犯罪歴かなにかを調べるやつだろうと、その玉に触れた。
しばらくかざしてると、お兄さんは頷いてもういいぞと言ってきたので俺も黙って手を引いた。
「うむ。犯罪等は犯していないようだな。 …よし、期限付きの通行証を渡してやる。いいか? 明日までの期限だからこれから街に入ったらすぐに協会へ行ってこいよ。
この通行証は、協会のほうに渡せばそれと引き換えに協会での身分証をもらえるからな」
俺がわかりましたと返事をすると、よしという言葉とともに名刺サイズの木板を受け取った。
それから特に、何度も馬車に轢かれそうになるというイベントくらいしか起こることもなく、
門番のお兄さんに言われた道を歩いて冒険者協会という名の施設の前までやってきた。
おっさんとは特に挨拶もなく別れてしまったが、まぁ機会があればどこかで会えるか。
いや、会う前に夢から覚めそうだ。
冒険者協会の建物は、他の木造的な建物とは違って
石造りの頑丈そうな作りになっていた。
せっかくの夢なんだし、少しでも長く楽しみたいと思った俺は早速中に入ることにする。
協会の中は奥にカウンターがあって、微笑を浮かべた受付嬢らしき人達が並んでいた。
その右隣には掲示板コーナーのようなところに何やら紙が貼りつけてあって、冒険者らしき人たちがそこで何やら話し込んでいる感じからすれば
依頼掲示板だろう。
カウンターから左のほうからは何やら賑やかな声が聞こえるが、そっちは酒場なんだろうと一切見ないことにした。
テンプレ的に絡まれたくないし、未成年には関係のないエリアだし。
ということで、早速受付に行くことにした。
が――
「あの~」
「っ!? び、びっくりしました。このようなところで気配を消さないでください」
と、なぜか怒られてしまった。
「えっと、すいません。 どうやら俺の影が薄いようで……って、そうじゃなくて。これを」
なぜか謝ることになってしまった影の薄さは置いといて、早速門のところで預かった通行証を渡して冒険者になりたいことを話した。
冒険者じゃなかったのかと逆に驚かれもしたが、なるほどという言葉とともにまずは説明を聞くことにする。
「まず冒険者になるためには、街中での依頼を受けその達成においての信頼度で審査される流れとなります。そこは了承できますか?」
「街中? つまり、街の外へでかける依頼とかは受けられないってことですか?」
「はい。いわば見習い期間と言える仕事は、街の中で依頼を受ける形になりますので……。仕事の内容は――」
主に馬車からの積み下ろしの力仕事だったり、商人の店の在庫整理だったり、果てはシッター系みたい仕事もあるようだ。
とにかく外に出てゴブリンなんかを剣でちょちょいーなんていう仕事はないようなので、俺はほっと胸を撫でおろした。
例え夢の中でも、そういうのはリアルで無理だし。
「わかりました。頑張ります!」
「そ、そうですか」
なんでこの人は、ケーキ屋に来たのにラーメンが出てくるんだ的な表情をしていたが、関係ない。
むしろ、願ったり叶ったりだ。
「ところで、宿とかってどうなるんでしょう? こういってはあれですけど、金とかもなくてですね……」
その問いには協会で借り上げている宿が主な宿泊場所という答えをいただいた。
雑魚寝になるが、見習い期間で問題を起こせば即追い出しとかもあるので犯罪とかは滅多に起こらないし、部屋ごとに護衛なんかもつくようだ。
なるほどと納得がいったところで、預かっていた木の板を渡すように言われたので受付嬢さんに渡した。
そして、変わりに青い石がついたネックレスを渡される。
「そのネックレスが見習い期間中のあなたの身分証となります。依頼を受けたい場合などそのネックレスを翳せば依頼を受けることができますので」
物は試しと、受付嬢さんの後について掲示板コーナーへやってきた。
「そうですね。最初は荷運び……は、その体格ではさすがに無理でしょうから掃除とかのほうがいいでしょうね」
と言われ、この依頼にしましょうということでそこで俺はさっきもらったネックレスの青い石の部分をその依頼書に翳した。
すると、さっきまで青かった石が赤色に変わったではないか。
「おお」
「すごいでしょう? ちなみに依頼が完了した場合も、この依頼書の写しを持つ依頼主の紙に翳せば依頼完了となりますので覚えておいてください」
「わかりました」
何やらすごい技術だと感心しながらも元の受付に戻ると、最後にということで何やら皿と紙を出された。
「先ほどの依頼完了からの流れを最後にお教えいたします。依頼が終わり、完了されたらこちらの協会で報酬をお支払いいたします。
しかし、見習い期間中はそのポイントの増減で適正かどうかを判断するため、あなた専用の受け皿が必要となります。お手数ですが、こちらの皿に血を一滴垂らしていただき、またこちらの紙にあなたのお名前をお書きください。
代筆は必要ですか?」
話すことはできるが、読めもしない文字が書けるわけがないので代筆をお願いした。
「えっと、シュンで」
本名は半田 瞬介だが、MMOをやってた時によく使っていたハンドルネームで登録することにした。
どうせ夢なんだし、夢と言えばMMOだろうという謎の理論で。
それから夢を見ている割にはリアルに痛い感覚が謎だが、チクっとするくらいに刺した針から血を出して皿に入れた。
「シュン様。これにて見習い登録は完了となります。宿は向かい側の建物で、そちらの受付でネックレスを受付に見せていただければご案内いたしますので。
それから本日受けた依頼は明日の予定で、依頼内容はとある商店の朝掃除と夜掃除となります」
「わかりました。待ち合わせは、協会ですか?」
「ええ。こちらに来ていただければ、同じ依頼を常時受けてくださっている方が一緒に連れてってくれますので、朝食後に来てくれれば結構ですよ」
「了解です」
というわけで早速向かい側の宿へ向かうことにした。
……色々聞きづらい疑問をそろそろ考えたいので。
すぐそこの宿へ到着し、部屋に案内され雑魚寝と言われたわりには二段ベットがあるという予想よりもよさそうな部屋に案内された俺は、
指定されたベッドで身を落ち着けることにした。
(ようやく落ち着けた。 ……夢の中で落ち着くというのもおかしな話だけど)
まずは整理しよう。
病室で寝ていた俺は、こうして不思議な夢を見てるわけだが……。
16年間生きてきてここまではっきりとした夢を見ることはなかった。
つまりは、あの事故で俺は……精神でもやったのだろうかということだ。
そうとしか思えないリアリティのある夢の中で俺は、疑問に感じたことを思い浮かべる。
なぜみんな、俺の顔ではなく俺の30cm上のほうを見て会話するのかという点。
最初にあったあの農夫のおっさんもそうだし、門番のお兄さんもそうだし、なんだったら協会の建物に着くまでに一度として
すれ違った人と目を合わせることはなかった。さっきまで話していた受付嬢さんもだ。
そして、こちらの夢の世界じゃ影が薄いというもの。
RPGであったよな、そんなゲーム。
あとは夢なのに、こうして寝転んでいるだけで眠気が襲ってくるという不思議。
現実でも夢でも、俺は寝てばっかだなと思いながらも微睡みに身を任せてその日を終えた。
これが、"こちら"の現実だと知りもせずに。