9 兄と昼休み
昼休みになり、私はそそくさと教室を出る。
高橋から敵意むき出しの視線を感じる。今日は机の中身にゴキブリでも入れられてそう。
教室に戻るの嫌だな、と思いつつも私は足を速める。兄のいる誰にも知られていない中庭へと向かう。
屋上でお昼ご飯を食べるなんて青春みたいなことはこの学校は出来ない。しっかり施錠されている。
私が早足で廊下を歩いていると、後ろから「田原」と呼び止められる。荒川の低い声。
……今までこんなこと一度もなかったのに。
流石に無視するのは不自然だし、無礼だ。私はビジネススマイルを作って、「なに?」と振り返る。
向こうから話しかけてきたのに、いざ私と目が合うと荒川はたじろぐ。あえて、私から何も言わず彼の口から出る言葉を待つ。
「あの、さ、……いつから?」
「何が?」と私は小さく首を傾げる。
「いつからいじめられてるんだ?」
「……学校で? それとも家で?」
あえて意地悪に答える。あ、と彼はまずいことを聞いてしまったと固まる。
「ね、私に踏み込まない方が良いでしょ?」
私は最後まで笑顔を崩さなかった。
こんな状況でも笑っていられるのが強さだと思っているから。きっと私はもうこの仮面を外せないぐらい本当の顔は崩壊している。
私はスキップをして、廊下を軽快に叩く。
荒川はもうこれ以上私を引き留めることはなかった。
非常階段の裏を通り、少し進むと焼却炉がある。更にそこを過ぎると、誰も使わなくなった廃れた倉庫がある。
ここにはほとんど誰も来ない。……立ち入り禁止だから。
私は倉庫に近付き、錆びた窓の柵に足を引っかける。グッと力を込めて平べったい屋根に上る。ここは周りの木々の陰で隠れているから、日陰で涼しい。
「遅くなった?」
「いや、俺も今来たとこ」
既に倉庫の上に着いていた兄が私の方を振り向く。良く焼けた健康的な小麦肌。爽やかな笑顔を私に向ける。
お腹が減っていたのか、既に彼はアンパンを口の中に放り込んでいる。
「はい、弁当」
兄は私にお弁当を渡す。私はいつも通り「ありがとう」と受け取る。
ペタンと座り込んでお弁当箱を開ける。
朝はまともに食べていないから、お腹が空いて死にそうだ。……けど、これは兄の分だから全部食べるわけにはいかない。特にブロッコリーは絶対に残しておかないと。
蓋を開けて今朝私が作った生姜焼きが目に入る。これ私が作ったお弁当だよ、といつか口が滑ってしまいそうな気がする。
「ちゃんと、お弁当作ってやれって言ってるのにな」
兄の低く冷たい口調に背筋に悪寒が走る。
「しょうがないよ」と、何がしょうがないのかよく分からずに言葉を発する。
しょうがない、って便利な言葉だ。都合が良くて、憎たらしい言葉。
「……紗英は母親のこと好きか?」
兄の言葉に私は思わず、箸を落としてしまった。カランッと箸が落ちた音だけがその場に響く。