6
「え、ん? 俺が? 買うの?」
私の言葉で困惑する荒川が面白くて、つい笑ってしまう。
愛されキャラだな、と心の中で呟く。きっと、良い家庭環境で育ったのだろう。私とは違う人種だ。
「うん、買って。百円で」
「百円でいいんだ!?」
荒川の声が大きくなる。
「買ってくれるの?」
「……百円なら」
もっと大きい数字を言われると思っていたのか、彼はどこか拍子抜けしている。ゴソゴソと鞄からお財布を取り出している。
二つ折りの皮財布。高校生が持つにはかなりお洒落で高級品のように思えた。
はい、と私にピカピカに光った百円玉を一枚差し出す。
まさかこんなにあっさりと渡されると思っていなかった。私は少しの間この状況を理解出来ずに固まってしまった。
「田原? いらないの?」
「いる! ありがとう! この靴箱に入ってる画鋲全部あげるね」
「えっと、……ありがとう?」
疑問形で彼は答える。私は「どういたしまして」と愛想の良い表情を浮かべた。
私達は人が来る前にせっせと画鋲を全て回収した。ビニール袋に全て入れたけど、ところどころから画鋲の針が飛び出ている。
「危ないね」と言うと、荒川は「なんだか武器みたいだね」とビニール袋をまじまじと見つめる。
「原始人にそれを売ったらもっと高値がついたのかな。画鋲爆弾があったら間違いなく頭になれるもんね」
荒川は目をぱちくりとさせた。そして、楽しそうに顔を綻ばせた。
「田原って不思議だな。同じクラスなのに今頃田原の面白さに気付くとか、俺勿体ないことしてたわ」
こんな風に同級生と話すのはいつぶりだろう。
「私も荒川君と会話出来て面白かったよ」
「なんでもうお別れみたいな言い方なんだ?」
「私に関わらない方がいいから。だから、話しかけちゃだめだよ」
少し寂しいけど、しょうがない。
荒川に迷惑をかけたくはない。折角画鋲を買ってくれたんだ。この恩に感謝しないと。
どうして、と聞かれる前に私は笑顔を崩さずにその場を去った。
私はきっと間違った選択をしていない。
少しでも会話出来たことに満足しておこう。それに、今日は百円も獲得出来たし。
まさかいじめで稼いじゃうなんて……。生まれて初めていじめに感謝する。
画鋲が売れたおかげで、帰りにセールになっている菓子パンを買うことが出来る。
二割引きかな、もしかして半額になってたりしないかな。クリームパンが食べたい。……あ、でも、メロンパンもいいな。
放課後スーパーに寄って、どんなパンを買おうかという想像を膨らませる。
ああ、もうなんて贅沢な悩みなんだろう。