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君となら喜んで共犯になるよ  作者: 大木戸 いずみ
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『大人のさえへ

 おげんきですか? 小学三年生のさえです。

 大人のさえ、しあわせだったらいいな。今のさえはしあわせじゃないです。

 おかあさんとおとうさんがこわくて、たすけてほしいです。大人になったら、きっと楽しいことたくさんあるよね。だから、さえがんばるね。

 おかあさんとおとうさんはどうしてさえのこと見てくれないんだろうね。どうしてこんなにさえはきらわれているのかな。 

 なにか悪いことしたのかな。さえ、どうしたらおかあさんとおとうさんに愛されるのかな。

 毎日が苦しいです。大人のさえはきっとそんなことないよね。おかあさんとおとさんに愛されているかな?

 かしこくなって、しっかりしたら、愛されるよね。

 でもね、お父さんやお母さんになぐられたりけられたりするけど、お兄ちゃんがいつもたすけてくれるからだいじょうぶ!

 お兄ちゃんはさえのヒーローだから! 

 しんどくてつらくて、毎日ないているけど、お兄ちゃんがいるから明日も生きていけるとおもいます。

 さえ、お兄ちゃんのことだいすき! 

 かっこよくてやさしいじまんのお兄ちゃん。生まれかわっても、お兄ちゃんとまた家族になりたい。

 大人のさえはきっと毎日笑っているよね。だから、今がんばるね。じゃあね』


 全て読み終えたのと同時に、私は自分の目からとめどなく涙が流れいることに気付いた。

 この時の私に会って、力強く抱きしめたかった。貴女は何も悪くないんだよ、と伝えたかった。

 大人になっても辛いんだよ、ごめんね、私。助けてあげれなくてごめんね。

 私は心の中で何度も小学三年生の頃の私に謝った。


「紗英? 大丈夫か?」

 

 心配そうに私を覗く兄を私は霞んだ視界のまま見つめる。

 ……彼がいたから私は今まで頑張ってこれたのだと思う。両親に無条件に愛されている彼を恨まなかったことはないと言えば嘘になる。

 けど、そんなことを考える自分が嫌になるぐらい兄は私を大切にしてくれた。

 

 息苦しくて窮屈な世界で貴方だけが私の幸せだった。

 兄のおかげで私は救われていた。

 そのことを改めて実感すると、胸がキュッと何かに掴まれるように痛くなった。


「大丈夫だよ」


 私は声を震わせながら、兄に笑いかけた。いつもの気持ちを押し殺した笑いじゃない。これは本心からでた笑顔だった。

 兄がそばにいてくれる限り、私は大丈夫。


「見てもいいか?」


 何も言い返す前に、私から兄は手紙を取る。私はゆっくりと涙を拭った。

 兄は険しい表情で手紙を見つめる。今日、私と会ってからずっとその表情をしている。彼の苦しい顔の原因が私だと思うと辛くなる。

 ……兄の表情は今にも泣きそうになっている。

 なんだか申し訳なくなってしまう。私のことでそこまで追い詰めないでほしい。


「ごめん、守ってやれなくてごめん」


 全て読み終えた瞬間、兄は突然私を力強く抱きしめた。触れ合っている肌から兄の体温を感じる。本当に彼が存在しているのだとこの体温が物語っていた。

 あの時、私はお兄ちゃんに何度も救われていたんだよ、と言いたいのに声が出ない。

 何度も彼の口から「守ってやれなくてごめん」を聞いた気がする。

 兄は自分を犠牲にしてまで私を守りたかったのだろうか……。私は自分のせいで傷つく兄を見たくない。

 だから、今までの生き方がベストだったのだと思う。もうあの生き方に戻ることは出来ないけれど。

 兄の大きな腕が私を包み込む。

 ……当時の私へ。あの時、誰も私を抱きしめてくれなかったけれど、今は抱きしめてくれる人がいるよ。

 お兄ちゃんだけは嘘じゃなかったんだよ。


 律の手から一枚のノートの紙切れが夜の公園にそっと落ちる。地面に落ちた紙は月光と街灯に照らされた。

 ノートの横線を無視して、少し乱暴な少年の文字が大きく書かれている。小学生ながらに覚悟を決めた逞しい字だった。

「さえを幸せにする。さえを泣かせない」

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