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言った後にすぐ後悔した。兄にそれを言ったところで、更なる怒りを生むだけだ。
兄はすぐに険しい表情を浮かべながら私を見つめる。
どうして今までそれを言わなかったんだ、って言われているような気がしたが、兄は決して言葉には出さなかった。
もう隠さなくてもいいか、と思い私は全てを話すことにした。
「中学に上がったぐらい、かな。父は私のことを『そういう対象』で見るようになったの。体つきも女性っぽくなってきたし?」
今の空気を少しだけ和らげようと、私は微かに兄に向かって微笑んだが、彼はずっと眉間に皺を寄せて怒りを必死に抑えているように見えた。
私は続きを話し始める。
「父も賢くて、家族がいる時は一切私に手を出してこなかった。夜にこっそり部屋に来ることもなかった。ただ、誰も見ていない時に体を触ってくることはあった。気持ち悪かったけど、声を出したらバレるし、私は声を押さえて必死に耐えることしか出来なかった……。最初は反抗したけど、その度に殴られるの。だからね、殴られるのが嫌でもう何も抵抗することはなくなっちゃった」
フゥっと私は一息を置く。兄は何も言わない。
彼の顔を見ることはできなかった。私はゆっくりと空を見上げる。真っ暗な空にポツンと寂しく月が輝いている。星は微かに見えるぐらいだった。
暗闇の中で月だけが必死に輝こうとしてる。毎日毎日飽きもせず……。
私は月を見つめながら、話を続けた。
「ある日ね、学校終わって家に帰ってきたら、父がいたの。たまたま仕事が早く終わったんだと思う。……私はいつも通り『ただいま』って言って夕飯の支度をはじめようとした。そこからが地獄だった。父はいきなり無防備だった私を襲ってきたの。無理やり服を脱がせようとして……。流石に叫んじゃったよ。まぁ、でもすぐに口元抑えられちゃったけどね。…………荒い鼻息、少しきつい口臭、理性を失った男の目、私の力じゃ到底敵わない力強く太い腕、全部、鮮明に思い出せる。その時に自分がいかに無力だったのか思い知ったの。……ただ泣きながら言いなりになるしか出来なかった。気持ち悪い手が私の肌に触れるの。全部脱がされて、色々された後にね、あまりにも拒絶反応が凄くて吐いちゃったんだ。それで、父が萎えちゃって、母も帰って来る時間だったし、未遂で終わったの」
私は一気にあの日の出来事を全て兄に伝えた。
話しながら、当時のことを思い出すと身体中に鳥肌が立つ。あの時、私が吐かなければどうなっていたのだろう。
何も言わない兄の方へと視線を向けた。
憎悪と嫌悪、さらに殺意に満ちた表情を浮かべていた。言葉では言い表せないぐらい、その顔に恐怖を覚えた。
「……もう昔のことだけどね」
この言葉が兄の耳に届いているか分からないが、できるだけ柔らかい声でそう言った。
兄は私の言葉に反応して、ゆっくりと私の方を見つめた。私を見るその瞳は切なさと悲しみで覆われていた。
……兄は本当に私のことを一番に想ってくれているんだ。
兄にこの話をしてしまったのは間違いだったかもしれない。そう思ってしまった。




