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「そ、そんな簡単に言わないでよ」
「私はそうしたよ」
「……どういうこと?」
眉間に皺を寄せながら淳子は私をじっと見つめた。
歳下の女に上から目線で話されるのはムカつくのかもしれない。不快感を与えている自覚はちゃんとある。
けど、この後、淳子が自宅に戻るのだと思うと自分と彼女は同類ではないのだと実感する。それが何故か嫌だった。
私はもう壁を突き破った。あの家にはもう二度と戻ることはないという覚悟がある。
けど、彼女はまだ壁の前で突っ立っているだけだ。私と共犯になればいいのに、なんて思ってしまう。
「あんな場所にはもう帰らない」
「どうやって生きていくの? お金もないただの子どもが簡単に自立なんて出来ないよ」
淳子の言うことはもっともだ。
確かに今の私に自立する経済力はない。それでも、心のどこかでなんとかなるだろうって思っている。
本来なら今の状況に、もっと焦ったり戸惑ったりするのだろうけど、何故か落ち着いていた。
明日には警察に捕まって、家に戻されているかもしれない。そんな不安が脳裏をよぎったが、それでも慌てることはなかった。
「夜の仕事でもするつもり? キャバ嬢や風俗?」と淳子が付け加える。
そんなに私が何も考えていないように見えるのかな……。実際、これからのことなんてあまり考えていないけど。
夜職はするつもりなんて微塵もない。けど、世の中がそんなに甘くないことも知っている。
荒川の家の掃除バイトが週一で三万円で、毎週言ったら月収十二万。……普通に生きていける。
私は彼のタワーマンションを思い出しながら、収入を考えた。
そう思うと、彼がとんでもない値段を提案してきたなと改めて認識する。
本当に良かったのかな……?
「…………まぁ、でも、紗英ちゃんはルックスが良いから芸能界とかにスカウトされちゃうかもね」
芸能界か、と淳子の言葉を繰り返した。
そう言えば、モデル事務所の男性にも会ったな……。もう少し切羽詰まったら、連絡してみようかな……。
「あ~~、家に帰りたくない!!」
彼女は突然、海に向かって叫んだ。高く女の子らしい声が夜の海に響く。
叫ぶ淳子を見て、私も叫びたくなった。
「私も~~!」
私は堤防の上に立ち上がり、今まで出したことないぐらい大きな声で叫んだ。腹の底から声を出した。
叫ぶことなんて人生であまりしてこなかったが、なんだか心地よい。
私たちの声が海に浸透し、波音にかき消されていく。
淳子はまさか私が叫ぶとは思わなかったのか、驚いた表情をしていた。しかし、すぐに楽しそうに顔をほころばせた。
そして、また海に向かって叫び始める。
「私はなんにもできない女なんかじゃな~~い! 赤ちゃんじゃねえんだよ~~!」
流石運動部。声量が凄い。
砂浜で仁王立ちになり、文句を叫んでいる淳子を少し好きになった。




