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「元気もらったのに、死のうと思ったんだ」
私がそう言うと、淳子は短く笑い声を上げた。自分を卑下するような笑い声を不気味に感じた。
限界だったのだろう。兄に全てを打ち明ける前の私みたい。
私の場合は誰にも相談なんて出来なかったけど……。自分のことを他人事だと思いながら生きてきた。それが一番楽だった。
「そうだよね~~。元気もらってたはずなのにね。……さっきさ、私が死んだら誰か悲しんでくれるかなって言ったじゃん」
「うん」
「親はね絶対に悲しんでくれると思う。そりゃもう嗚咽を上げて号泣するんじゃないかな」
「愛されているんだね」とだけ呟く。羨ましい、と言いたかったけれど、淳子にとって親は重荷のように見えたから言えなかった。
人それぞれなんだな~、と改めて感じる。私は両親から少しで良いから愛されたかった。
本当の両親からも今の両親からも愛されないって……、何の為に生まれてきたんだろうって思ってしまう。
私の言葉に淳子は顔を顰めた。どうやら彼女にとって「愛されている」という言葉も嫌だったようだ。
「過保護すぎるんだよ。愛されているのは嬉しいんだけど、私のこと何にも想っていないんだって時々感じちゃうの。ただの自分のエゴを押し付けているだけじゃんって……。私は何にも出来ないからママはこんなけのことをしてあげないとって感じ。それが家だけじゃなくて外でもするの。……鬱陶しくてたまらない」
彼女は眉をひそめて海を睨んだ。その憎悪がこもった声に鳥肌が立つ。
親からの強すぎる愛が子どもを苦しめることもあるんだ……。私には無縁のことだけど。
「じゃあ、死んだら誰に悲しんでもらいたかったの?」
「……友達、部員、普段特に会話も交わしたことないクラスメイト、私のことなど気にも留めていなかった担任、私と出会い、少しでも関わった人たちに少しでもショックを与えたかった。私の死はこの先ずっと母を責め続け苦しめることができる。……そんな風に思ったの」
「へぇ……。全く分かんないや」
私は淳子に遠慮することなく、そう言った。気を遣うのは得意じゃない。
親身に話を聞いてあげて、死なないように説得するなんて無理だ。それに、本当に死にたいって思って自殺する人は誰にも相談せずに死ぬと思う。
皆、どっかで生きたいって思っている。だから、誰かに話を聞いてもらうんだよね……。
「ごめんね、私相談乗るの上手くないんだ」
「知ってる。……紗英ちゃん、悩みなんてなさそうだし」
「そう?」と、私はニコッと淳子に向かって微笑む。
「話を聞いてくれてありがとう。それだけで少しスッキリした」
淳子はグッと腕を夜空に伸ばす。彼女はどこか爽快感に包まれていた。
「死ぬの?」
「う~~ん、今日は死なないかも。……やっぱり私って弱い人間なんだよ思う」
「きっと淳子は明日も死なないよ」
彼女は私の言葉に固まり、暫くして小さく口の端を上げて「そうだね」と声を出す。
淳子は少し私に似ている。だからこそ、彼女を見ていると少し腹が立つのかもしれない。
私は、死にたいな~ってぼんやり思うことはあっても、本気で死にたいと思うことはなかった。きっと、彼女もそうだろう。
「そんなにこの世界が嫌なら、逃げ出しちゃえばいいじゃん」
海のさらに奥を見つめながら、私は静かにそう言った。




