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こんな目で見つめられたら、断れるわけない。私は「いいよ」というと、淳子は嬉しそうに話を始めた。
「やった! そもそも乙女ゲームっていうのは、一人のヒロインがいて、イケメンな攻略対象者たちに囲まれて逆ハーレム状態になっていくの。現実逃避には最高だよ」
「へぇ」と相槌を打つ。逆ハーレム状態が幸せなのかよく分からない。多くの人から愛されるよりも、自分が愛するたった一人の男に愛された方が良い。
好きな人が振り向いてくれないと意味ない。
それから彼女は乙女ゲームについて熱心に語っていた。
死にたいと思ってしまう人生でも楽しいことがあるのはいいな。私にはそんな趣味はなかった。毎日奴隷のように働かされて……。
あ、でも読書はずっと好きだ。本の世界に入ってしまえば現実を忘れることが出来る。淳子にとっての乙女ゲームと一緒だ。
「ってことで、紗英ちゃんもやってみない? 乙女ゲーム!」
言いたいことを全て話し終えたのか、淳子は満面の笑みを私に向ける。
ゲーム仲間を増やしたいのかな、と思いつつ私も「ゲーム機持っていないんだよね」と満面の笑みで返す。
「ゲーム機なくても大丈夫だよ。スマホでも出来るから」
「あいにく、スマホも持ってないんだよね」
淳子は一瞬固まったが、すぐに「嘘だ~~」と大きな声で私を疑う。
嘘だと思われてもしょうがない。今どきの高校生でスマホを持っていない子なんて私だけだろう。
「嘘だったら良かったのにね~」
「…………本当の本当なの? 本当にスマホ持ってないの?」
明るい声の私に反して、彼女は少し声のトーンを落とす。取り調べでもされるのかってぐらい、私の方を力強くじっと見つめる。
「律は持ってたのに、って?」
私は淳子の気持ちを読み取るように彼女を見つめ返した。彼女は、私にそう言われて言葉に詰まった。
「持ってたら、もう少し楽に生きれたのかもね」と付け足す。
スマホを持っていたら、何をしただろうと考える。
少なくとも父に強姦されそうになった時に警察に電話していたかもしれない。
……いや、でも、後のことを考えると結局どこにも電話できなかったか。両親から逃れられない呪縛を解いてくれる人なんて誰もいない。自力で抜け出さないといけない。
「ネットの掲示板とかに匿名で色々書いてストレス発散できるもんね。それに、自分と同じ境遇の人を見つけて、元気をもらうことができるし」
淳子がまた海の方へと顔の向きを変えて話を始める。ずっと海の奥を見つめる遠い目はどこか深い闇を感じた。




