3 いつも通りの朝
朝五時に起きて、私は家中の掃除をする。埃が一つも落ちていないぐらいピカピカにする。
豪華な花瓶を洗い、中の花を入れ替える。水をやり、丁寧に見栄え良く整える。
朝、キッチンに立ち、家族分の朝ごはんを用意する。
冷蔵庫から三人分の卵を取り出す。トースターに食パンをまずは二枚入れる。
両親が起きてくる前に、こっそりと引き出しの中にあるクッキーを取り出し、口に入れる。
食パンや卵がなくなると、気付かれるけど、お菓子が多少なくなっていても誰も気づかない。
フライパンに油を軽くひいて、卵を割り、目玉焼きをつくる。
「あ、ベーコンも焼かないと」
私は冷蔵庫からベーコンを取り出す。……私はこの家でベーコンを食べたことがない。
どんな味なんだろう。フライパンに入れて、焼いていく。
トースターから食パンを取り出し、バターを塗る。もう一枚食パンを焼く。最後のが兄の分だ。
夜遅くまで部活で疲れていて、朝はギリギリまで寝ている。勿論、朝練があるから、早めに家を出ないといけない。
ベーコンは塩胡椒で味付けをする。良い匂いが私の空腹を刺激する。ぐううぅぅぅとお腹が鳴る。
それでも、私はベーコンを食べることが出来ない。
トントントンッと誰かが階段を下りてくる音が聞こえる。……母だ。
私は急いで、目玉焼きとベーコンをお皿に移し、朝ごはんのセッティングをする。コップに牛乳を注ぐ。これは兄の分。
両親はホットコーヒー派だ。
扉が開き、あくびをしながら母親が部屋に入って来る。キッチンの前が食卓で、その奥にリビングがある。
「おはようございます、お母さん」
おはよ、とぶっきらぼうに答える。そのまま彼女はリビングの方へと歩いていき、ソファに寝ころぶ。
私は兄の分のトーストを取り出し、食卓に並べる。「朝食出来ました」と言っても何も返ってこない。
そのまま急いで、兄のお弁当の準備に取り掛かる。
豚肉を取り出し、玉ねぎと共に炒める。生姜焼きに必要な調味料を順番に量る。
白ご飯は冷凍のをチンしよう。後は、プチトマトとブロッコリーにマヨネーズを付けたやつ。
ブロッコリーは兄の大好物だ。野菜を好きな男の子なんて珍しいと思う。
「お弁当まだ出来てないの? 律が起きちゃうじゃない」
律は兄の名前だ。
ごめんなさい、と私は弱々しい声で呟く。
母はゆっくりと立ち上がり、食卓へと足を進める。私がさっき焼いたトーストをかじる。
チンしたご飯をお弁当に詰める。明太子のふりかけをかけて、お弁当の一段目は完成。
フライパンの火を止める。二段目にプチトマトとブロッコリーを入れる。勿論マヨネーズをかけて。
赤と緑が入るだけで一気にお弁当はカラフルになる。
……あ、昨日煮卵作ろうと思ってたのに、忘れた。まぁ、今日帰ってきてから作ればいっか。
「私、ダイエット中だから半分でいいわ。残りは捨てておいて」
母はトーストを三口ぐらい食べて、お皿に戻した。彼女は椅子に掛けてあったエプロンをする。私はそれと同時にエプロンを脱ぐ。
今から母が私の作った生姜焼きをお弁当に入れるのだ。……もうすぐ兄が起きてくる時間だから。
これで彼女があたかも全て自分が作ったようになる。一種のマジックだ。
「着替えてきます」
私はその場を離れる。
お弁当を作っているのも朝食を作っているのも兄は母だと思っている。
もし私が病気になったらどうするつもりなんだろう。
幸いなことに、私は生まれてから一度だけしか熱を出したことがない。六歳の時、たった一度だけ。
あの時の記憶はあまりないが、息苦しく、一人ぼっちで静かに泣いていたのだけは覚えている。