29
え、と思わず首を傾げてしまう。
「田原ならちゃんとしてくれそうだし……。あ、嫌だった全然断って」
「いくら?」
私は食い気味に荒川にそう聞いた。
友達の家の掃除というバイトなら安心して働ける。それに、荒川はどこか心が落ち着く。
「電車賃込みで一回三万円は?」
少し考えた後、荒川はそう言った。私は彼の言葉に少し固まった後、自分でも驚くぐらいの声を出した。
「さんまんえん!?」
「う、うん。……少ない?」
私の声量に驚き戸惑いながらも田原は頷く。
「多すぎるよ。そんな荒川君に不利益なバイト出来ない」
三万円あったら、何が出来るのだろう。
アイス一体いくつ買える? ……あの高級アイス、ハーゲンダッツも買えちゃうじゃん。
むしろ高すぎて怪しくなってくる。本当に掃除だけでそんな大金を貰っていいのだろうか。
「エッチなこととか求めない?」
私の言葉に荒川は一瞬固まり、すぐに顔を真っ赤にして首を横に振り否定する。
なんだかその仕草が可愛く思えた。
今の質問は、声も出ないぐらい動揺することだったんだ。荒川とはいい友達になれる気がする。
「ど、どう? バイトする?」
まだ少し顔を赤くしながら、荒川は口を開いた。
「もちろん」と、私は彼に微笑む。
こんな最高なバイト他にない。両親を説得できるか分からないけれど、学校で居残りになったって言っておこう。
私の成績が良いってことも知らないだろうし、こんな嘘をついたところでバレない。
「いつ来たらいい?」
「いつでも! じゃなくて……、いつが都合良い?」
「金曜日の放課後は?」
「……明後日か」
彼はそう言って、ズボンのポケットからスマホを取り出して、カレンダーでスケジュールを確認する。
スマホって便利なんだな、と思いながら彼の手元を見つめる。
「じゃあ、金曜日の放課後にうちに来て」
彼はそう言いながら、スマホに何か打ち込んだ。私が来る日を入力しているのだろう。
ふと、兄のことを思い出した。
私が荒川の家でバイトをするって言ったらどんな反応をするのだろう。やっぱり嫌がるのかな……。
「これ、帰りのタクシー代」
荒川がそう言って、私に樋口一葉のお札を一枚渡す。
「こんなにもらえないよ」と、即答する。
たったの二駅分の距離で五千円って……。
誰にでもこんなに優しいのだろうか。それとも私だから? 可哀想だと思われているのかもしれない。
「今日もわざわざここまで来てくれたんだし、受け取って」
「どうしてそんなに良くしてくれるの?」
少し躊躇いつつも、彼からお金を受け取った。
「分からないけど、ただ田原ともっと仲良くしたいからかも」
「……同情でも私に優しくしてくれてありがとう」
荒川からもらったこの優しさは生涯忘れないと思う。




