26 荒川修吾
「そう、それが僕の名前。よろしくね、えっと……」
「田原紗英」と本名を言うと、男は「紗英さん」と笑顔を浮かべる。
「そんな怪しい目で見ないで、うちの事務所は結構有名だよ。ラズベリーガールとかレインとか知らない?」
私は首を横に振る。女性ファッション雑誌なんて今まで興味なかった。紙の束にお金をかけるなら、パンを買う。
「雑誌読まないの?」
少し驚いて、不思議そうに浅井はそう聞いた。私は「うん」と正直に答える。
こんなにもファッションに関心のない人間がモデルになれるのだろうか。どの業界も本気で挑まないと、すぐに潰されてしまう。
「……田原?」
荒川の声が聞こえた。私は声がした方に視線を向ける。緩い無地のTシャツに、紺色の半パンを着て、右手にはコンビニの袋を持っている男性が目に入る。
私は咄嗟に名刺を鞄の前ポケットに入れる。浅井には「早く行って」と小声で言う。
驚いた様子だったが、私の様子を察してくれたのか「いつでも連絡してね」と言われて彼はその場を颯爽と去って行った。
荒川が私の方へと大股で近づいて来る。
何を言われるのだろうと、心臓がうるさく鳴り響く。別に悪い事をしていたわけじゃない。だから、堂々としていれば問題ない。
それなのに、どうして私はこんなにも荒川に敏感になっているのだろう。
「今の人、知り合い?」
私は荒川の目を真っ直ぐ見る。その瞳に隠された心情を把握することは出来ない。
「ううん、さっき会った」
私の答えに荒川は眉をひそめる。
「何してたの?」に対して「ただ道を聞かれてただけだよ」とさらっと嘘をつく。彼は、へぇ、と疑わしそうに相槌を打つ。それ以上は言及しなかった。
「……てか、こんなところで何してたんだ?」
「荒川君の家に行こうと思ってた」
「歩きで来たの?」
私はコクッと首を縦に振る。「なんで?」と聞かれる前に「お金ないからね」と相手の気分を害さないように出来るだけ柔らかい口調で答えた。
荒川は申し訳なさそうに、「わざわざごめん」と呟く。
「別にいいよ。私が荒川君と話したかったから」
「不覚にもドキッとしてしまった」
「そう言うの口に出して言えるのっていいね。……荒川君の家ってこの辺り?」
「いや、ここから五分ぐらいかな。担任に住所聞いたんだよな?」
「私、携帯無いから、勘で歩いて来たの」
すごいな、と彼の口から関心の声が漏れる。
「じゃあ、一緒に俺の家まで歩こうか」
少し緊張気味の声。私は思わず笑ってしまった。
「いつもフレンドリーな荒川君が緊張?」と彼に微笑みかける。
「そりゃ、緊張するよ。田原ってミステリアスで何考えてるか分からないし」
「そうかなぁ」と呟くと、「そうだよ」と即答された。




