21 歪み始めた日常
今日も五時に目覚める。私は急いで階段を降り、制服を乾燥機から取り出す。
両親が起きてくる前にアイロンを当てないといけない。幸いなことに母は家事を一切しないから、乾燥機の中身など知らない。兄と私が早退した事実など簡単に隠蔽出来る。
私は制服をアイロン台の上に乗せて、しっかり皺を伸ばす。
昨日の夜のことを思い返す。兄は母が帰って来る前に家にいるのは不自然だから、近くの公園にランニングに行ってきてと頼んだ。そして、両親が帰宅し、いつも通り母が私の作った夕飯を自分が作ったかのように振舞っていた。
両親に何も怪しまれることはなかった。それに、兄の態度もいつもと一緒だった。
見事な演技力。サッカー選手にも俳優にもなれるかもしれない。本当に自慢の兄だ。
ただ一瞬だけ母に嫌悪感のある表情を向けていた。勿論、私しか気付いていない。
父が昨日私が作ったハンバーグに対して「美味しい」と言った時、母は「今日は冷凍食品なのよ」と言ったのだ。
勿論私は冷凍食品なんて使っていない。玉ねぎを刻み、ひき肉の旨味を最大に生かした素晴らしいハンバーグをいつも作っている。自画自賛できるほどだ。
父も私が作ったことを知っている。それでも母の言葉に対して「冷凍食品も旨くなったものだな」と返した。
そんなやり取りは慣れていたはずなのに、兄は怒りを堪えるのに必死だった。良い息子の仮面が今にも外れそうだった。
私はアイロンし終えた制服を丁寧にたたみ、部屋の掃除を済ませる。
「本当に全部してたんだな」
床を雑巾で拭いていると、兄の声が突然後ろから聞こえた。私は驚いて振り返る。
「お兄ちゃん……、おはよ。そこに制服置いてあるから」
私はそう言って、さっきアイロンしたばかりの綺麗な制服を指さす。
「ありがとう。……何か手伝えることない?」
「う~ん、二度寝してくるとか?」
兄が何か手伝ったとしても、バレたら怒られるのは私だ。今まで通り私一人で全部すればいい。
私の言いたいことを悟ったのか、兄は寂しさと申し訳なさを感じながら「そっか」と呟いた。
朝から気分を下げてしまうのは気が引けた。私は出来るだけ明るい声を出す。
「今日のお昼何がいい? お兄ちゃんが決めていいよ」
「じゃあ、紗英の好物で」
「え、私?」と困惑する。兄はフッと優しく微笑んで「紗英が全部食べたらいいよ」と言ってくれた。
「それはいいよ! お兄ちゃんのお弁当だもん。だから……」
毎日お腹は空くが、兄のお弁当を全部食べるのは遠慮してしまう。
兄はお小遣いを貰っていて、食べるものに苦労していないのは知っている。……けど、私は兄が私が作ったものを美味しそうに食べる顔が好きなのだ。
「じゃあ、一口だけ頂戴。俺、紗英の味の虜だし」
その笑顔に思わず胸がドキッとする。兄相手に何をときめいているのだろう。




