17 早退
兄と一緒に学校を早退する。荷物は小倉先生が持ってきてくれた。彼女が早退届も書いてくれて、もう既に出してくれたらしい。
本当に皆から人気がある理由がよく分かる。彼女の尊敬する人はマザーテレサだろう。
けど、多分小倉先生って彼氏とかに尽くし過ぎちゃってダメになっちゃうパターンかもしれない。そんな最低な考えが頭に浮かぶ。
「有難うございました」
私は兄と共に頭を下げる。兄と小倉先生は最後に軽く会話をする。
「いいのよ。ゆっくり休んでね。田原君はサッカー部のエースなんだから、体調管理しっかりと」
はい、と兄は照れくさそうに笑顔で応える。
さっき私と話していた兄とは全く違う人物。彼は優等生なんかじゃないが、『良い生徒』を演じるのが上手い。
羨ましい、と素直に思った。私の場合、成績優秀だとしても、きっと存在感のない生徒だろう。
いてもいなくても変わらない。きっと、私が明日学校を休んでも誰も気付かない。高橋が、虐める相手がいないな、って少しだけ思うだけ。
兄がもし休んだら、沢山のメッセージが届いてスマホの通知音が鳴りやまないかもしれない。
私はどうして兄側じゃないんだろう……。好きだけど嫌いだ。兄を愛したいのに上手く愛せない。
そんな自分が何よりも嫌いだ。私は唯一私を守ってくれる兄を好きじゃないといけないのに……。
「妹ちゃんも風邪ひかないように気を付けてね」
小倉先生の言葉でハッと我に返る。
「ありがとうございます」
「女の子は体を冷やしちゃだめなのよ。家に帰って温かい飲み物でも飲んで」
夏なのに、と思いながらも私は素直に頷いた。
私達は小倉先生と別れ、学校を出る。授業中だったから、誰にもバレずにこっそり学校を出ることが出来た。校門の近くに立っていた掃除のおじさんに軽く挨拶した。
「雨降った後だから蒸し暑いね~」と言うおじさんに私達は笑顔で相槌を打つ。
さっきの雨が嘘だったかのように、空は明るく太陽が私達を容赦なく照らす。兄の耳元で何かがピカッと光った。
その時、初めて兄にピアスの穴があることを知る。
「お兄ちゃん、いつの間にピアス開けたの?」
「今頃? ……中学卒業した日かな」
三年ぐらい経ってるんだ、と心の中で呟くだけで声には出さない。
今までどうして気付かなかったのだろう。……それほど兄に興味がなかったのかな。
「紗英も開けてるだろ。しかも中学二年生の時」
「ちゃんと知ってるんだ」
「当たり前だろ」と兄は即答する。
私のことを見てくれていたということに嬉しさで自然と口角が上がってしまう。
「お兄ちゃんって本当に私のこと好きだね」
「ああ。けど、俺は今日まで紗英のこと何一つ知らなかったけどな」
少し寂しそうな目で私を見つめる。そんな目を向けられると全て吐き出したくなる。
「あ、のね……」
喉まで出た言葉をゴクンと飲み込む。
「どした?」
「ううん。ただ私のこと知ってくれてたの嬉しかっただけ」
瞬時に誤魔化す。兄は嘘をつくのが上手い。だけど、私の方が上手いと思う。
嘘をつく者は相手の言葉や行動に敏感だ。兄は私の言葉に少し違和感を抱いたかもしれないが、そこまで気にしないだろう。