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「けどね、私、お兄ちゃんから貰ったプレゼント一度も使ったことないんだよ」
え、と兄は目を見開いて固まる。私はそんな兄を無視して「さっきの話、続けて」と声を出す。
「正月には家に留守番、両親は紗英を親戚と会わせたことがない。毎日お風呂掃除とトイレ掃除。授業参観は俺だけ……」
兄の言葉が詰まる。私は「それだけ?」と思わず歪んだ笑顔を浮かべてしまう。
それだけならどれだけ良かっただろう。本当の子供と養子のよくある贔屓ぐらいなら私は全然構わなかった。
こんなに心が壊れることもなかった。
私はその場に立ち上がり、兄を見下ろす。今までため込んできた怒りが全て爆発しそうだった。
突然、ポツポツと空からの雫で頬が濡れる。雷と雨が私の気持ちを代弁してくれるように思えた。私に晴れは似合わない。
スゥッと息を吸い込み、湿った空気を感じる。
「他にも教えてあげようか? 毎朝五時に起きて家中を掃除して、朝ごはんを家族全員分作るけど、私は自分のものを作れないの。お兄ちゃんのお弁当は私がいつも作ってる! あの人が作ったことなんて一度もない。晩御飯を作るのも私! でも私が食卓にいたことなんて一度もないでしょ? 私はもう既に家に早く帰ってきて食べたことになってるもんね。けど、私が食べれるのは納豆だけ。部活もさせてもらえない。テレビを見ることも許されない。私が持っている服はパジャマと制服のみ。風邪をひいても一人! どれだけいい成績を取ったところで両親は私のことに微塵も興味ない! 私は奴隷なんかじゃない!」
兄は悪くないのに、私は気付けば大声を上げて叫んでいた。言うつもりじゃなかった言葉を全て吐き出していた。
自分がこんなにも冷静でいられなくなることに驚いた。我を忘れ、ただ思うままに声を上げた。
雨はさらに強まり、私達はびしょ濡れになっている。荒い天気が私のこのぐちゃぐちゃになった気持ちを表してくれていた。
私は息を切らしながら、兄を睨むように見つめる。
一番の味方を私は敵にしてしまったのかもしれない。……けど、後悔はしない。少しだけ気持ちが晴れた。肩の荷が軽くなったような気がした。
こみ上げてくる涙を必死に我慢する。
「お兄ちゃんのせいで私は学校にも居場所がないの」
彼は何も言わずに大雨の中、私だけに焦点を当てて固まっている。
兄のせいじゃないって分かっているのに、自分がこんな目に遭っているのは誰かのせいだって思いたかった。そんな愚かな自分にも腹が立つ。
溢れ出た涙を拭わずに私は話を続けた。
「もう私に構わなくていいんだよ」
私は感情を必死に押し込めて笑顔を作る。きっと兄と会話するのがこれで最後だ。
ありがとう、と言って、私はその場から急いで離れた。