1 共犯
少し湿った風が頬を撫でる。まだ太陽は昇っていない。
私は堤防に座りながら、早朝の海を眺める。潮の匂いが心地いい。
この澄んだ空気が好きだ。これからどんどん昼にかけて暑くなっていく。夏の蒸し暑さが苦手だ。
夏に食べるアイスより秋に食べるアイスの方が好きだ。この時期に食べると、どろどろに溶けてしまって、アイスじゃなくて飲み物になってしまう。
アイスは高級なんだから、ゆっくり味わって食べないと。
「今、俺がこの海に落ちたら、この事件は永遠に闇の中かな」
兄は私の隣でクシャッと屈託のない笑顔をする。彼は兄だけど、本当の兄じゃない。
私は本当の両親を知らない。私が生まれた時に両親は私をこの海の砂浜で捨てた。きっと、私には少し西洋の血が入っているのだと思う。
瞳の色がアーモンド色で、シュッとした高い鼻とクリッとした二重幅がしっかりある瞳を持っている。ハーフというより、クオーターに近いかもしれない。
そして、私を拾ってくれたのが、今の家族だった。……奴隷として。
私にとって、家は温かい場所なんかじゃなかった。私を生かしてくれたことには感謝しないといけないけど、孤児院に行った方がましだったと思っている。
それぐらい苦しくて辛い地獄の日々だった。その中でも二つ離れた兄だけは私の味方だった。
「早く着替えた方が良いね」
私は兄の方へと視線を向ける。
彼の手は真っ赤に染まっており、服にも血しぶきが飛んでいる。制服の白いシャツだから、血が鮮明に目立つ。
私の制服には一滴の血もついていない。
制服とパジャマ以外服を持っていないから、もし血が付いていたらパジャマで外に出るところだった。
「人殺しても腹は減るな~」
兄は手を空に大きく伸ばしながら口を開く。
「その服のまま出かけるの?」
「替えの服なんて持ってねえもん。何食いたい?」
「アイス!」といつもより高い声で即答する。
「俺らの愛するコンビニへ行こう」
彼は勢いよく立ち上がり、堤防から飛び降りる。
「贅沢だね」と私が笑うと、彼は少し寂しそうな表情で私の頭を撫でた。
兄の手はいつも安心する。唯一私に優しく接してくれる家族だ。
ボロボロの籠がついた赤い自転車に乗り、「紗英!」と私の名前を呼ぶ。
私も堤防から降り、自転車の後ろにまたいで座る。兄の服から血の生々しい匂いが漂う。
きっと家はもっと強烈な臭いを放っているんだろうな。『田原家が血の海に』なんて報道されるのかもしれない。
彼は力を込めて自転車を漕ぎ始めた。想像以上に速いスピードで自転車は風を切って進む。落ちないように兄の体に手を回す。
「パンツ見えねえように気をつけろよ~」
「そんなことより二人乗りしてる方がやばいんじゃない?」
「今頃ニケツなんかでビビってるのかよ」
彼のケラケラと笑う声が耳に響く。私もつられて笑ってしまう。
この世に兄と私だけのような空間に浸る。初めて自由になったという解放感に包まれる。
兄は今日、両親を殺した。
そしてこの日、私は十六歳の誕生日を迎えた。