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六話 スライム令嬢の逃走

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 私はなんとかウェインを振り切って橋の下の影に逃げ込んだ。水を大量に吸い込んで体を元のサイズに戻す。


 落ち着け、私。姿を変えれば気付かれない。でも既に屋敷は張られているかもしれない。家には帰れない。



 屋敷。私はあの不良シスターたちの言っていたことが気になった。ただの根も葉もない噂ではないことは屋敷に住んでいる私が一番知っている。秘密の地下室があり、魔物が住んでいなければ咲かない花が咲いていて、薬品を王や司教に卸している。そして――


「お母さん……」


 魔物と結婚したという話からして、母は魔物なのだろう。これだけ嘘というふうには思えない。そして庭はもともと母が管理していた。私から見て母は魔物に見えなかったが、私は自分が魔物であることにも気づかないくらいだから分からない。


 おそらくは魔物の母が魔花を育て、父が不老薬を作り、教会に卸していた。そして数年前から不老薬の質が落ちたのは母が死んだからか?


 なら何故まだ魔花が咲いているのだろう。スライムは瘴気を出さない以上、私のせいではないはずだ。そういえば母がいた頃は大量の青いバラが咲いていた。でも今はほんの数本しかない。あっ――


「地下室の水槽……!」



 カツ……カツ……カツ……


「っ…………!」


 私は体を透明にした。暗い橋の下で動かなければまず見つけられない。そして予想通りの人間が現れた。


「セレス?」


 ウェインがいた。どうやってここに辿りついたのだろう? 


「おかしいな……ここからセレスの声が聞こえた気がしたんだけど」


 ウェインはキョロキョロとあたりを見回している。私は迷っていた。全てを話せばウェインは分かってくれるかもしれない。私の父だって魔物と結婚したんだ。ありえなくはない。でも今はミミックスライムの件が解決していない。どうやって私が本物のセレスと証明出来るのだろう。



 ミミックスライムを見つけて二人でウェインの前に現れる。そして私はウェインに正体を明かす。それしかない。



 でもどうやって探せばいいのだろう?


 情報を整理しよう。ミミックスライムは大聖堂の中で見つかり、騎士団に捕まって、魔法のように消えた。


 どうしてスライムは大聖堂に入ったのだろう? それになぜ教会は治外法権を作るほど王政と仲が悪いのに騎士団に助けを求めたのだろう? どうやってスライムは逃げたのだろう?


 ダメだ……全く分からない。



「くっ、ダウザーを呼ぶしかないか」


 ウェインの呟きに私は息を飲んだ。


 ダウザー。独特な杖によるダウンジングによって鉱脈や魔物を探す者たち。ゴールドラッシュの時期には多くの金脈と魔物を探し出したと言われている。


 そうか、ミミックスライム捕獲時には、どの街に逃げ込んだかわからなかったが、この街にまだいるということが分かれば見つけられるのか……


 ウェインは諦めたように歩き出した。まずい


「待って!」


 ウェインが振り向く。私は透明のままなのでウェインは見つけられない。


「セレス? そこにいるのか?」

「ええ、少し話をしましょう」

「セレス……君は火事の時に大勢の人間に見られてる。それにこの街に騎士団が向かっているらしい」


 ウェインが目を伏せながら告げた。


「……っ! 捜索令状は差し止められたんじゃないの?」

「なぜこっちに向かっているかは分からない。旅人が言っていただけだから」


 おかしい。動きが早すぎる。でもこの街で、フェアクロフ家に対する悪評は広がっている上に、ミミックスライムの存在が発覚したのもこの街だ。査察に来る理由は十分にある。


「セレス、君が何者だろうと構わない。一緒に逃げよう」

「ウェイン……」


 ウェインの申し出に私は心が揺らいだ。でも――


「ダメ。それだと家族や使用人のみんなに迷惑がかかっちゃう」


 私のことに無関係なコレットやヘクタを巻き込むわけには行かない。


「私が自首するわ。お父様は国王と関係があるからきっとなんとかしてくれるはず」


 私は透明化を解除して姿を現した。ウェインがじっと私を見つめてくる。私は見つめ返した。


 浅知恵に過ぎない。それは私もわかっていた。魔花が少なくて不老薬の質は落ちている。そのことは既に教会にはバレているのだ。交渉材料としてはあまりに厳しい。それに水槽にいた魔物はいなくなっていた。いずれ魔花は無くなるだろう。


「……なにか他に方法があるはずだ。あの騎士団も本当に君を目当てに来ているとは限らない」

「でもいずれは捕まるわ。火事の時に見られているのだから。それにダウザーもいずれ呼ばれるでしょうし」


 私は川に視線を向けた。もしこの全ての水を取り込んだら騎士団に対抗できるかもしれない。


 ……無理ね。私は自分のために大勢の人を殺せるほど図太くない。


「ウェイン。お願いがあるの。あなたが私を騎士団に引き渡して。あなたの父親は一つの騎士団を率いているのでしょう? あなたが連れていけばみんな尊重してくれるわ」

「セレス……」




「いたぞ!!」


 突然の叫び声に私は固まった。突然複数の男たちが橋の上から降ってきた。ローブを着た数人の男だ。胸元には十字架のペンダントがみえた。男たちは私を持ち上げて箱に詰めた。ウェインがこちらに走って来るのが見える。


「セレス!!」



 ウェインの声が聞こえる。しかしその声は遠ざかっていく…………





私は連れ去られてしまった……






※※※※※




「あの魔物たちを逃してあげようと思うの」

 七年前のこと、君はいつものように無謀なことを言い出した。その日は街に怪人(フリーク)サーカスが来ていた。大人たちは行かないように言っていたけど、行くなと言われると行ってしまう君は、僕を誘ってこっそり見にいった。そしていつものように僕は説得されて応じてしまうのだった。


 サーカスは正直言って気分のいいものでは無かった。魔物と人間の混血の子が見せ物にされているだけで、楽しくもなんともない。君は酷くショックを受けたようで、ずっと黙っていた。そして帰り道に突然そんなことを言い出したのだった。


 夜中に落ち合った僕らは、サーカスに潜入した。僕は父親が騎士なので、家に突入用のチェーンカッターがあった。それを使って鍵をこじ開けた。


 真っ暗なサーカスは異様なうめき声とむせび泣きで満ちていた。恐ろしい場所にも関わらず、君は平然と進んでいった。


 その中に僕らと同じくらいの魔物の子供がいた。その子は本当に人間のようにしか見えなかった。僕らは鍵を壊し、その子を抱き上げた。


 そして僕らはその子を連れて街の外に出た。昼間には何度も出たことがあったが夜の外郭は始めてだった。逃がそうと思った子供は離れるのを嫌がった。かろうじて話せたその子としばらく押し問答を続けていて、僕たちは魔物の接近に気づかなかった。


 それからは一瞬のことだった。君は躊躇せず近づいて来た狼のような魔物に飛びかかった。魔物と戦う訓練を受けていたというのに僕は固まってしまった。僕が気を取り戻して、君と揉み合っている狼にナイフを突き刺したときには、君は見るも無残な姿になっていた。


 僕は、自分の傷は見慣れていたのに他人の傷を見るのは初めてだった。それから騎士学校に入るまで、人の血の色は人によってそれぞれ違うと思っていた。

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