表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/7

四話 スライム令嬢と庭

 やばいやばいやばいやばいやばい! 屋敷の捜索なんて絶対に阻止しないと……私自身についての調査はもちろん地下室の存在を知られてもダメだ。それに使用人たちに聞き取り調査されるのもまずい。私がこれまで自分がスライムだと気づかなかったのは使用人たちに熱や香辛料の使用に関して何かしらの決まりがあるからだろう。

 つまり屋敷内はどこも捜索させられない



「ええっと……ち、父は神経質だから……その、勝手に家を探されると怒ると思うわ」



 私はしどろもどろになりながらもなんとか伝えた。屋敷には私が入ったことのない隠し部屋がたくさんある。たたけばほこりが出るどころではないだろう。まして相手は家宅捜索のプロである騎士である。騎士は魔物退治だけじゃなく貴族の汚職防止の査察にも使われるのだ。



「ああ、大丈夫だよ。別に屋敷を歩き回る必要はない。使用人たちを集めてシナモンの粉を触らせるだけだ」



 そう言ってウェインは小包を取り出した。中身が予想できた私は後退りした。シナモンということは香辛料、スライムの弱点である。私にとってはナイフより危険なシロモノだ。



「どうしたんだ?」


「そ、その、うちでは貴重な薬品を調合しているから、そういう粉が飛ぶようなものが少し入るとすべてダメになってしまうの。だから仕舞ってくれる?」



 私は引きつった笑みを浮かべて言った。苦しい言い訳だが、風で粉が飛んで私にシナモンがかかったらえらいことになる。肌荒れでは済まない。



「そ、そうですよ! ウェイン様! この屋敷では粉末は禁止です! 規則なんです! 国王や司教様にお納めする薬品もあるのですよ! 今すぐ仕舞ってください! じゃないと警備を呼びますよ!」



 ついさっきまでふざけていたコレットがすごい剣幕でウェインに迫りだした。ありがたいが余計怪しさを増すだけである。しかしその勢いが功を奏したのか、ウェインは小包をしまった。



「わかった! わかった! これは仕舞うから。でも本当に危険なんだ。ミミックスライムはなんにでも擬態できる。もし使用人にスライムが入り込んでいたらセレスの命が危険だ。せめて使用人に話を聞くだけでも許してほしい」



 ウェインが熱弁するが、その危険なスライムが私だ。落ち着け。スライムのことはスライムが一番知っている。何かしら断る理由があるはず。



「ウェイン、残念だけど部外者に屋敷を捜索させることは出来ないの。いくらあなたでもね。それに使用人たちと話すこともダメ。そもそもミミックスライムはなんにでも擬態できるのでしょ? 使用人の仕事の手を止めてまで人間を調査してもそこまで有効ではないわ。例えばあそこの花瓶に変身することだって――」



 私は部屋の隅の花瓶を指さした。部屋の中の三人の視線がそこに集まり、固まった。小さな花瓶の口から半透明のゲル状の物体が這い上がっていたのだ。



 私はその物体に見覚えがあった。地下室で私を排水管に導いたあのスライムだ。花瓶から這い出たスライムはゆっくりとした動きで机の上を這っている。いつの間にこんなところに……



 一番最初に動いたのはウェインだった。ウェインは小包の中から粉をひとつまみし、シナモンの粉を振りかけた。スライムは痙攣するように震えだすと、塩をかけられたナメクジのようにみるみる縮んでいき、干からびた。後には噛み終えたガムのような残骸だけが残った。



 私は香辛料の思わぬ力とスライムの弱点の大きさに縮みあがった。




※※※※※※※




 スライム発見騒動から数分後、私とウェインは二人で庭を歩いていた。あのスライムはミミックスライムではないらしい。死体は簡素な構造で変身能力は持っていないとウェインが言っていた。正直にいって、スライムの死に方のショックでほとんど聞こえてなかった。



 屋敷内の捜索は無理なので、せめてあのスライムの侵入経路だけでも探そういうことで、庭園を回ることになった。この庭園は文字通り私の庭だ。危険なものは何もないし、スライムに関するものも何もない。絶対に安全だ。



「それにしてもあんなに簡素な構造のスライムは初めて見た。大抵スライムは周囲のものを取り込んで凄まじい腐臭を漂わせているものなのだが、あれは水しか出さなかった。人為的なものを感じるな」


「もしかすると父が薬品実験のために取り寄せたのかも知れないわね。簡単な構造で透明なら薬品の作用も見やすいでしょうし」


 私の推測にウェインは険しい顔をする。


「魔物の取引は禁止されているからそれはないだろう」


「……公爵だからなにか特別な許可があるのかもしれない。あとで聞いておくわ」


「人間との混血なら辛うじてグレーゾーンだが…………この話はやめておこう」



 危ない危ない……ウェインとの会話は完全な綱渡りだ。私は自然に口数が少なくなった。その間もウェインは魔物が発生しそうな場所がないかと警戒を張り巡らせている。



「それにしてもこの庭は本当に色とりどりだね。ここまで多種多様な花が咲いている庭は初めて見た。いい庭師を雇っているんだね」


「そう言ってもらえると嬉しいわ。この庭は私が管理しているの。薬草学の研究の一環でね」


「君が!? それは素晴らしい。見事としかいいようがないよ」



 ウェインは驚いて目を見開いた。私の庭といったように本当にこの庭は私が管理している。全世界から集めてきたかのような多様性の庭はフェアクロフ家の自慢だ。実際にこの地域の植生ではありえない植物もあるくらいだ。



「母から受け継いだものよ。私はそれを維持しているだけ」


「それでも凄いよ。この花なんて冬しか咲かない花なのに夏に咲いている。とても人間業とは思えないくらいだ。それに――」



 ウェインの視線が一つの花に止まる。



「青い……バラ……?」


「ええ、この色のバラはとても貴重なものよ。おそらくこの庭にしかないでしょうね」



 私は誇らしげに胸を張った。青いバラは実在しないとまで言われた幻のバラだ。しかしそんな事実とは対照的にウェインの顔は曇っていく。それを見て私はだんだん不安になってきた。また何か地雷を踏んだのだろうか……



「これは……魔花だ」


「えっ!? これが?」



 魔花。私も名前だけは聞いたことがあった。だがこんなことはありえない。なぜなら――



「魔物の巣にしか咲かない花がなぜここに……」



 魔花は魔物が出す瘴気を栄養分とする。しかも花が咲くのはかなり珍しい。花が咲くまで瘴気を浴びさせようにも、魔物が移動してしまうのだ。ゆえに、必ず誰かが巣に残るほどの大量の魔物の住処か、あるいは高濃度の瘴気を発するドラゴンの巣でないと見つけられない。



 ……あるいは高い知能をもつ魔物が故意に咲かせるか。



「…………本当にこの屋敷にミミックスライムがいるのかもしれない」



 ウェインは言葉こそ疑問形だったが、その顔は確信しているように見えた。事実、この花を育てているのはスライムの私なのだから、その推測は完全に当たっている。まずい方向に話が流れている。何とかしないと……



「ええっと、噂によると母方の祖母が魔女だったとか噂があって、なにか特別な土が使われているのかも……あ、あるいは父が取り寄せたとか!」


 魔花はまさしく魔法の草であり、惚れ薬から死者使役の呪いなど様々な魔術の材料となる。騎士団でも魔物の討伐などで手に入れた際は特別な武器や薬を作るそうだ。



「魔花は瘴気が切れるとすぐに枯れていくんだ。騎士が持って帰る際も特別な加工をする。でもこれは完全に生きている……」



 ウェインは顎に手を置いて考え込んでしまった。そんなウェインをハラハラしながら私は見守っていた。



「いや、ミミックスライムが育てているのなら瘴気で街中にも出来ていたはずだ。それならもっと早くに発覚していたはず。そもそもミミックスライムは瘴気を利用して外観を整えている。なにかおかしいな……」



 そうなの? じゃあこの花は何なの? 私は生まれた疑問を口の中に飲み込んだ。



「そもそもこの館に行くときに調査を頼まれたのも教会からなんだ。住民が告解の時にこの館が呪われているだとか、怪しい薬品を作っているだとかの相談が大量にあったらしい。きっとミミックスライムもこの屋敷の実験体だってね。根も葉もないうわさだって騎士団は一蹴したんだけど、どうしてもってしつこくてね。それで僕がついでに見てくることになったんだ」



 ええ……うちってそんなに市民に嫌われてたの……?



「どちらにせよこの屋敷は危険だ。今すぐにでも捜査したいところだが、今ガサ入れをすれば君まで巻き込まれてしまう。僕としては君が逮捕されるような状況は作りたくない。それに公爵家ともなれば国王の承認印の入った令状もいるだろうし……そうだな。一週間後、二人で街に行こう。その間にガサ入れをする。最悪なにか出てきたら君の身元引受人は僕がなるよ。君を監獄にはいかせないから」



 恐ろしい提案をウェインがする。私は寒気がした。しかし否定する材料がない。住民からのタレコミに無色のスライム、その上、魔花まで咲いている。どう見ても伏魔殿である。うぅ、仕方ない……



「わ、わかったわ」




※※※※※




 ウェインが帰った後、私はすぐさま地下室に向かった。証拠隠滅のためだが、この屋敷や私自身について知る必要があったからだ。実験体スライムはともかく、魔花は明らかにおかしい。そもそも母はどうやって育てていたのだろう。



 私は鍵穴に変形させた指を差し込み、回した。拍子抜けするほど簡単にドアが開き、私を出迎える。しかし――



「なにも……ない……」



 地下室はもぬけの殻だった。部屋の中央にあった巨大な水槽までなくなっている。唯一残っていたテーブルの上に一枚のメモがあった。



『セレスティアへ、王に謁見してくるので数週間はこの屋敷のことを任せる。――――PS.透明化する時は蓄光石のような無機物のアクセサリーは外すこと』




 父には全てばれていたようだ。何も書類まで持ってくことはないのに。もしかするとガサ入れを予感したのかな。父は犯罪的に査察に強かったから。



 それにしてもこれからどうしよう……一週間以内に何とかしないと……



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] どうなることやら・・・気になります<(_ _)>(*^-^*)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ