闇夜色のサーカス ピエロと私と綱渡り
ソラは漆黒、闇夜色銀色の星達が瞬き、お月さまが白く眩くまん丸い。
地は真っ暗闇夜、ポッカリと口を開けているみたい。小さくちいさく、チルルチルルと、ここ迄届く嘲笑イ声。
ゆうらゆうらと身体が揺れる。足元には太い金の色したロープの道よ。手には白いパラソルと、ふんわり白い羽根の扇。頭には花を飾って、物乞いよりも短いスカート履いている。
お袖もどこも短いのに、レースにフリルはてんこ盛り、ビーズの刺繍が七色十色、キラキラ、キラキラ、お月さまの光に跳ねている。
ジャン!シンバルの音。ピエロが目の前に出てきたの。ぼうるを三つジャウリング。赤に黄色に水色に、くるくるくるくる円を描いているぼうる。
「レッツショータイム!さあ、お姫様、始まるよ!」
ピエロが、ニタリと目を細め、ぼうるを一度手に収めると、何処かの国の王子様みたくお辞儀をしたわ。
「さっ!踊ろう、跳ねよう金の色したロープの上で、やらなきゃご飯は食べられない、少しばかりソラにとび、月光集め、星の欠片を纏わねば、尻からバリバリ喰われちま」
ピエロは嘲笑う、今日もきょうとて。下に広がる地の世界はバッチリさぁ。ここから堕ちた者達が、喰われちまってカラダをなくし、ドロドロに溶けた姿で巣食う世界さね、キレイナきれいなお姫様。
「ほらご覧、アチラをむくんだお姫様」
ピエロがそう言う。新入りさぁと指差して。私はときとき胸を打ちながら、指した方向見てみたの。
ゆうらりゆらり、空中ブランコ、右からうごくブランコには、ピンクに赤色水玉模様、ヒラヒラ衣装のピエロが笑顔で手を振り座ってる。
青い顔した男の子。首にヒラヒラかわいい道化の服を着て、左の飛び出し台の上で震えてる。ブランコの丸い棒をしっかり握ってる。彼の後ろにいる豪華な衣装を着込んだ男の姿。疑問に思う。私のピエロに問いかける。
「チ、チ、チ、アレはあの子の父親さ!子供に自分の食い扶持ちも稼がそう、そう考えてる親なのさ」
「母親は?」
私は眉間にしわ寄せ聞いてみる。
「きのぉかね、練習してたらさきに堕ちて、下の穴に入ってら」
ほら行けと、ドンと背を押す父という男、震える我が子の背を押した。ぶら下がる男の子、意を決した男の子、身体を鞭のようにしならせて、ブランコ大きくおおきく漕ぎ出した。
振り子の様にゆうらゆら、音が外れたラッパのメロディ、ブランコブランコ、空中ブランコ。男の子がグイグイ力を込めて漕いでいる。
彼のピエロに近づく、離れる、近づく、離れる。近づく……。
「さあこっち、コッチだ坊や、俺の手を掴め」
ヒラヒラピエロは笑顔でくるりと回り、堕ちるフリをする。片手でぶらりとぶら下がり、足を上に振り上げて、棒を膝で挟んでぶら下がる。手を振り私に投げキッス。
ケーケケケ、と笑い声。ぶうらぶうらと腕を下げ、近づく男の子に、この手を掴め、飛びつけと言っている。前に、ずっと前に目の前で、堕ちたあの子を思い出す。
私はイヤなことに目を閉じて、夢の世界に溺れるの。
私はお城に住んでたの、毎日挨拶のキスを受け、髪にリボンを飾って、七色の花染め色のドレスを着ていたの。集める糧と言われる月と星の光等、お父様が、お母様が集めて、かわいい娘の私にキスと一緒に、手渡してくれてたの。
目を開ければゲンジツ、それともこれが夢?お城の高い塔の上、薔薇に囲まれ眠ってる王女様の夢なのかしら。
トテトテチテタ、パラペラパ、音が外れたファンファーレ。
私はおかしな衣装を着せられて、手には扇にパラソルに、胸のポケットにはソラに撒く、白い花びら詰め込み、金の色したロープの上、私のピエロがニヤリと嗤う。
「夢をミテタラ落ちるだろ、目をサマセ、オマエは道化、星の金貨と、月の銀貨合わせて三十と四百枚で買ったんだ」
回していたぼうるを放り投げ、キッコギコギコ、キッコギコギコ、節が外れたワルツの調べ。バイオリンを取り出しひいてる私のピエロ。
赤に黄色に水色に、おちてく落ちてく三つのぼうる。とぷんと音立て消えてく色。ゆっさゆさと足元が揺れた。ピエロがニマニマ笑いつつ、しゃがんだり立ったりロープを揺らす。
「お姫様、お姫様、さあさこちらにどうぞ」
私とダンスを踊りましょう、キッコギコギコ、キッコギコギコ、はすっぱなワルツの調べ。じっとしていると落ちそうよ、私はクラクラ、フラフラ、スルリと片足を前に出してみる。続いて反対の足、それから……ひとつひとつ前に出る。
「お姫様、お姫様、とても上手ね、さあさ、私の側にどうぞどうぞ、お姫様」
ピエロはバイオリンを、ギコギコギーコと弾きつつ、軽くその場で跳んでいる。意地悪しているピエロの側に、私はジリジリ進んでく。クラクラ、フラフラ、チリチリ、頭が、身体が、胸が音立てているわ。
パラペラパ パパパパーラ パパパパ。
地は真っ暗闇、小さいちいさい笑い声が、いつの間にか野太い声で、おうおう、おうおう吠えている。風が立ち昇る、血の色に満ちたそれが。何時も嗅ぎなれているその匂い。
何時も?お城に住んでいたのは、やっぱり夢なのかしら?
コチラがイマデアチラガ夢で。
私は、ブワンブワンと上下左右に揺れる、金の色したロープの上で、ピエロが奏でるワルツの調べにのって、開いた白いパラソルをくるりと回し、扇でしゃなりしゃなりとあおいでる。脚を高く上げ、その場で優雅にピルエット。
「いよ!お見事!お姫様」
ピエロがはやすわ、私は笑顔で羽根の扇をヒラリと、ソラへと投げ飛ばす。白がヒュウと風に乗り、黒の虚空のその向こう、蕩ける先に消えていく。
キッコギコギコ、キッコギコギコ、パぺパラパ、キコキコ混ざるバイオリン、音の外れたラッパのメロディー重なるの。私は傘の柄を肩でくるりくるくる回しつつ、その場で膝を沈めるの。チカラを入れるわ、跳ぶために。
『この娘を買ってくれないか、仕事が無くなり家も屋敷も失った、金がいる』
私の、ちいさいちいさいときの声が耳にヒュルヒュル蘇る。赤い屋根のお家で暮らしてた。私はそこで、何でも与えられ、そう、お姫様の様に過ごしていた。美味しいものもキレイなものも、かわいい服も、星や月の髪飾り、お花の帽子、なんだって持っていた。
悪い病の風が吹き全てが、ガラゴロ音立て崩れる迄は。ソシテココデワタシハ、親に売られてピエロに捕まり、両手の指の数、年を過ごしてイキテイル。
ニタリ、嘲笑う私のピエロ。
ニタリ、嘲笑う私のオヤカタ。
フフン、イヤな顔を私はワラウ。
キリリ、イヤな目を私はニラム。
ソラに跳ぶわ、高くたかあく、ソコニ瞬くチカラを得るために。とん!爪先がロープから離れると、金色の光が私を包む。
闇夜色のソラへ、ソラへと跳ね上がる。
そして私はそこで、星の煌めき身体にまとい、月の光をパラソルにてすくうわ。開いていたそれは、パサリと閉じる。銀色宿した石先が剣の様に磨かれる。
空中ブランコ乗りの男の子。銀の光に包まれて、ヒュンと風切り、上にソラへと飛んでいく。月の光を手の中集め、星の煌めき身体にまとい、身体を丸めてその場でくるりくるり。
『ヨクヤッタ!フタリトモモドレ、ソレヲワタセ』
ピエロの声が聴こえたの。私は柄をしっかり握って構えたの。ブランコ乗りの男の子、拳をぎゅぅぅと握ってる。何時もは取られてしまうそのチカラ、今日こそは、今日こそは……。
オヤカタ殺して自由になるの。
ソウスレバモトノクラシニモドレルノ、キットソウ。
私はそうだと思ってた。あの子も同じだと思ってた。だけど違った、ブランコ乗りの男の子。一直線に飛んでって、飛び出し台の父親に拳を思い切りぶつけたの。
奇妙にぐにゃりと歪んだ顔をして、おおおおお!おと声上げて、そこから底に堕ちていく。ナカマがキタキタ、コッチダヨ、地のモノ達が、歓喜の雄叫び上げている。
七つ九つ六つに九十九、集りゃ身体が出来上がる。オマエタチ、オマエタチコイコイ、ココにコイコイ。
戻っていたブランコ握る男の子、晴れ晴れとした笑顔でトンと、弾んで飛び出した。銀色に光る棒の上、すっくと立ち、片手を離して手を振るわ、片足上げてポージング。
……僕はブランコ乗りの王子になるよ、おねえさんは、王女様?
そう声が聴こえたの。目の下には金色のロープの上で待つピエロ。ゆうらりゆらりとブランコ漕いでる王子様。
私は、わたしは、ワタシハ……。
握りしめてた両手を緩めて、柄から片手を離すわ。そして胸のポッケに突っ込むと、握りしめる白い花びらひとつかみ。
そうれいけ!漆黒のソラから白い花びら撒き散らす。
星の光を纏ってる、ゆるゆるゆると降りていく、ふあふあふあと堕ちていく。花びらが婚礼の祝福の雨の様に音なく、下に下にと広がり落ちる。
私のピエロが私を受け止めようと、バイオリンをしまい込み、大きく腕を広げてる。
ゆうらりゆらり空中ブランコ、男の子が再び離れて、差し出すピエロの手をとった。
……、ごめん少しばかり月のチカラを使っちまった。
顔を見合わせ話してる。しゃあねぇ今日は許してやらあと、ヒラヒラピエロが笑ってる。
ソラは漆黒、闇夜色、銀色の星達が瞬き、お月さまが白く眩くまん丸い。
金の色したロープに私のピエロ。手には閉じた白いパラソルと、頭には花を飾って、物乞いよりも短いスカート履いている。
お袖もどこも短いのに、レースにフリルはてんこ盛り、ビーズの刺繍が七色十色、キラキラ、キラキラ、お月さまの光に跳ねている。
「お姫様!お姫様!ここだここだ!さあさ来い!」
ヒラヒラチラチラ、白い花びら舞う中で、ぽん!とパラソル開いたら、ふわりと少しだけ浮き上がり、中の力がピエロに渡る。私はピエロの腕の中。
これで私の寝床と食事が手に入る。地に、オマエ、能ナシと足蹴にされ、墜される事はない。食い扶持を、キチンと稼いだ。
地は真っ暗闇夜、ポッカリと口を開けているみたい。小さくちいさく、チルルチルルと、ここ迄届く嘲笑イ声。オウオウ、オウオウ、吠える底這うモノの声。
七つ九つ六つに九十九、集りゃ身体が出来上がる。オマエタチ、オマエタチコイコイ、ココにコイコイ。
私はそこにはいかないわ、ゼッタイゼッタイイカナイノ。おかしな衣装を着せられて、手には扇にパラソルに、胸のポケットにはソラに撒く、白い花びら詰め込んで、金色のロープの上で華麗にピルエット。
これからも、キットソウ、ズットソウ、
ワタシハココデツナワタリ。誰かが奏でるバイオリン。
キッコギコギコ、キッコギコギコ、パぺパラパ、キコキコ……
誰かが吹いてる、外れた音したラッパのその中で。
生きる為。ワタシハココデツナワタリ。
終。