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歓迎の備え 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 どーも、昔から思うんだけどね。男の考えるスマートと、女の考えるスマートって食い違っている気がするのよ。

 具体的には体型の話ね。たとえば、私がダイエットしたいんだけど? って言い出したら、つぶつぶはどう思う?


 ん、やっぱりそれ以上はやせなくていいって感じ?

 でもね、こう見えても一時期より数キロ太っちゃったのよねえ。お腹周りも、ちょ〜っと掴めるようになってきちゃったし。こっからまた、落としていかないと。

 つぶつぶも、自分のスタイルが気になったことあるんじゃない? 一時期、めちゃくちゃ体重が増えた〜って嘆いてたっしょ? 若いころは食べたはしから身体が燃やしてくれたのに、歳ってとりたくないもんねえ。

 でもね、新陳代謝が活発なはずの若いころから、シャープな体型を保とうとしていた子がクラスにいたわ。おかげで少し気味の悪い事件にも出会ったの。


 ――え? そのときの話を聞いてみたい?


 ああ、つぶつぶはその手の話、興味があったっけ。それじゃどっかでお茶でもしましょうか。



 当時、その子は映画のポスターなんかにも、ちらりと顔を出していたわ。まだネットとかが広まっていない時勢だったからねえ。学校の近くにある広告掲示板に、その子の写ったポスターなんかみると、「おお!」と思ったものよ。

 その子、男子だったんだけど、まだそこまで筋肉がついていなくてね。髪をいじって化粧すれば女の子役でもいけそうなルックスだった。


 で、毎日のように彼は給食を少なめにする。配膳が終わってから、自分の手でご飯やおかずを缶の中へ戻していくのね。

 その量は並の女子にも劣るくらい。食欲第一なクラスメートにしてみれば、ありがたいお恵みに違いなく、彼が残したものをめぐる競争は絶えなかった。

 席替えで隣の席に座ったとき、間近で彼の減らしぶりを見て、私は心配になってくる。早々に食べ終わる彼は、ランドセルからコンパクトサイズの脚本を出し、机の下で広げて黙々と読み出すのが常だった。


「本当に、そんな量で平気なの?」


 おせっかいかもしれないけど、私は声を掛けてみる。

 彼は台本から顔をあげず「大丈夫」と返す。でもその顔は日に日に、少しずつ肉が削げているような気がしたの。


 そして彼はどうやら、自主的なトレーニングも欠かしていなかったみたい。

 用事で学校に残され、帰りが遅くなったりすると、通学路をジャージ姿で走っていく彼の姿が見られた。他の子の話からして、これもまた毎日行っていることのようだった。

 古典的なダイエット法に思えたけど、私の心配はじわじわ募っていくばかり。

 家で栄養補充してから臨んでいるのかもしれないけど、少なくとも昼間は寂しい食べっぷり。それに対し、学区のあちらこちらで見かけた話を聞くから、少なくとも数キロは走っているはずだった。

 こんなやり方が続くとは思えない。

 私の想像は、やがて的中することになる。



 朝から一日中、どんよりと空が曇っているときのこと。

 私は学校と自宅のちょうど中間。歩道より一段高くなっている月極駐車場のど真ん中に、うつ伏せで倒れている子供がひとり。

 挙手した姿勢からそのまま倒れ込んだかのように、右腕だけを前方へ伸ばしたまま地面に寝ている、動く気配は見られなかったけど、身に着けている緑色のジャージは、走っていた彼が着ていたものと同じ。


 ――言わんこっちゃない。ちゃんと食べないで動くから。


 私は駐車場内へ。昼間ということもあり、停まっている車の数は多くない。

 けれど彼の身体より奥まったところにも、停める場所はいくつもあった。さすがに彼をかわしていけるほどは広くない敷地。このままだと轢かれる恐れが出てくる。

 でも、あと数歩というところで。私は思わぬものを目にして固まってしまう。



 まずジャージの背中に、小さいメモ用紙が貼られていた。数センチ四方の紙には整った文字で「起こさないで」との文句が。

 それだけなら、「ホテルとかで掲げるプレートか!」とお笑い種で済んだと思う。

 でも私が固まった理由は、その彼の背中を這う二匹の細いムカデの姿だったの。

 色こそ真っ白だったけど、細い身体から出るおびただしい数の足は、まぎれもなくムカデのもの。それが二匹で連れ立ち、彼の背中の上を這っていく。

 私は悲鳴をあげるほどじゃないけど、虫はそこまで好きじゃない。それでも対象をじっと観察してしまうのは、相手がどう動くか確かめたいから。

 ゴキブリだって、生きたまま棚のすき間とかに入り込まれたらいやでしょ? またいつなんどき、姿を現わしてこちらの肝を冷やしてくるか分からない。

 家から追い出すか、息の根を止めるか。もはや自分に害が及ばないと確認できるまで、意識をつなげておきたい。そんな感覚だったわ。


 ムカデたちはときにくっつき、ときに離れる形で彼の身体をめぐる。背中を、肩を、頭を順番に張っていき、やがて同時にアスファルトへ降り立ったの。

 次の瞬間、二匹の身体は接地したところから、どんどん消えていってしまう。ちょうど、こちらからは底を見渡せない、汚れた水の中へ潜り込んでいくみたいだった。

 二匹がすっかり消えてしまってほどなく、彼の両肩がぶるりと震えて、身体を起こす。あの伸ばしきった右腕を引き寄せ、ぶらぶらさせながらひとりごちた。


「腕まで来てもらえなかったか……もっと肉、落とさなきゃ駄目かあ……? って、うおっ! なんでここにいるんだよ!」


 私の気配に気づき、彼はひどくうろたえた声を出す。

 どこまで見た? と彼は尋ねてきた。私は正直に答えるとともに、彼にこの奇妙な行動の真意を問いただしてみたの。

「あまり知られたくなかったんだが」と前置いて、彼はこう話してくれた。



 あのムカデらしき生き物は、「よそ」からの観光客なのだという。どこから来ているかは、彼も知らないけれど、とても遠くからなのだとか。私たちが生まれるずっと前より、頻繁にこの地上へ来ているみたいなの。

 そして彼自身は、あいつらにとっての「観光名所」扱いなのだとか。

 先ほど見た通り、彼らの身体はとても小さい。人ひとりの身体はひとつの丘や山のように思えるほど。その中でも、彼の身体はあいつらにいたく気に入られているようで、ずっと前からこの役目を請け負っているとか。


「食べるのを控えるのも、運動をしているのも、あいつらが気に入ってくれる『下地づくり』ってわけ。名所を守るためにも、スタイルを崩すわけにもいかないんだなあ、これが。

 でも腕まで歩いてもらえなかったってことは、満足に足る仕上がりじゃなかったらしい」


「あいつらはまた来るの?」


「ああ、来る来る。今日は下見だから少人数だった。じきに大所帯を引き連れてやってくるさ。

 その時までに調整を間に合わせる。お客さんに失望されたくないしな」


「――もし、うまくいかなかったら?」


「んー、ひょっとしたら……これ?」


 彼が手で、自分の首をかっきる仕草をして見せた。



 その日以降、食事や運動にくわえ、彼は腕のストレッチを始めたわ。

 背中で手を組んで、息を吐きながらゆっくりと腕を真上にあげる。私も知っている、二の腕を細くするエクササイズのひとつだった。他にももろもろの体操を取り入れては、休み時間とかで熱心にやっていたっけ。

 邪魔になると悪いし、彼との接触は控え気味にした私。でも、学校からの帰り際に、例の月極駐車場の前は、毎回通るようにしていたわ。

 彼のいう「観光客」。その動向を、あわよくば知りたい気持ちも、ちょびっとあったからね。



 それから数週間。あの日と同じように、いまにも雨をこぼしそうな黒雲が、朝から空全体を陰らせていたときのこと。

 私はついに見てしまう。あの駐車場の中心に、敷き詰められたアスファルトの黒から浮く、真っ白い盛り上がりが横たわっているのを。そのまとわりつく白のところどころが、思い出したようにうごめいているのを。

 ごくりと、つばを飲みながらそうっと近づいていく私。一歩ごとに、まとわりつく「客」の身体、足、その百や二百できかない個々の群がりが、はっきりと見えてきた。

 その塊は、あの日の彼がしていた格好と同じ。右腕のみを前方へ伸ばす以外は、「気をつけ」と変わらぬ姿勢をした、人の姿だった。


 やがて腕の先から、「客」が下りる。

 ぽろぽろと左右へこぼれ落ち、その下から彼の緑色のジャージがのぞき始める。その動きは動物の脱皮を連想させた。

 同じことが頭から足に掛けて同時に起こり、あっという間に露わになる彼の全身。そしてまたも地面に触れた先から、溶けるように消えていく観光客たち。

 今回、彼は起き上がるのに5分くらいかかった。下手に刺激して何かあるのが怖くて、彼が自力で動くのを待っていたの。

 肩や首を鳴らしながら起き上がった彼は、私を見てももう驚きはしなかった。

 ちゃんと身体中に客が訪れていたことを伝えると、ほっとため息をついたけど、それもわずかな間でのこと。


「これからも来てもらえるように、身体を整えておかないとな」



 彼とはもう、長いこと顔を合わせていないわ。

 今でも名所であり続けているのか。それとも誰かに後を託したのか。

 あの月極駐車場も健在だし、ふとした拍子にまた客が来るんじゃないかと、私は思っているのよ。


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