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王子の眠り姫

 岩陰を覗き込み、言葉を失ったままどれくらい立ち尽くしていたのだろう。


「グレイン様、ご無事ですか」


 フィスの平坦な声が聞こえて、ようやく私は我に返った。


「あ、ああ、無事だ」

「そのように立ち尽くされて一体どうなさいました、か……」


 呆然としていた私の視線を辿ってフィスも岩陰を覗き込み、そして黙り込む。その顔には、私も見たことがないほど確かな驚きが浮かんでいた。


「フィリア、様……?」


 フィスは私が忙しい時、代わりにフィリアの面倒を見てくれていた男だ。それ故に、フィスにとってもフィリアは特別な少女といえる。

 すっかり目の前の少女に意識を奪われたフィスを横目に、少女の側で膝をつく。さすがにこれ以上、目を閉じたままの彼女をこのままにはしておけない。


「……意識はないが、息はしているな。フィス、とにかく彼女を王宮へ連れて行こう」


 岩陰で眠っている彼女が何者なのか。それは目が覚めた時に、きっと分かるだろう。



**********



「どうなさいました? 次、殿下の番ですよ」

「うん?……いや、なんでもない」

「何もないことはないでしょう。貴方が人前で考え事など珍しい」


 そう言って怪訝な顔をする男の名はアドレイ、私の友人だ。今は私のチェスの相手をしながら杯を傾けている。


「チェスに誘った……というより付き合わせたのは貴方ですよ。もう少し真面目にやってください」

「……前から思っていたのだが、フィスといいお前といい、私に少し物言いが厳しくはないか?」


 二人揃って毒舌と嫌味が得意すぎる。特に、私に対して。


「そんなことは、ご自身の遊び癖を叩き直してから言ってください。これでも色々と心配しているんですよ? 私は光栄にも殿下の友人なのですから」

「はは、友と思うなら心配よりも先に言葉を柔らかくして欲しいものだな。お前はただでさえ強面なのだから、言葉遣いくらいは優しくしないと女性にも好かれないのではないか?」

「ははは、その点はご安心を。これでも美形で通っている顔ですから、女性の黄色い声はよく聞きますよ」

「そうかそうか、それにしては浮いた話の一つもない男だね」


 傍から見れば作り笑いで睨み合っているかのような会話だが、これだけは断言する。こう見えてれっきとした友人の仲だ。


「まあ、そんなに気にするな。チェックメイト」

「……気を散らしすぎたか」

「らしくないね。よければもう一戦、」


 もう一戦どうか、と言いかけたところで部屋の扉が叩かれ、フィスが色のある顔を覗かせた。それはフィスにしては大変珍しい、喜びの色だ。と、いうことは……。


「ご歓談中申し訳ございません、殿下。お伝えしたいことが」

「目が、覚めたのか」


 私の問いに対してフィスが小さく頷くのを見た途端、私は気分が高揚することを、そして自分の足が彼女の元へと向くことを抑えることができなくなった。


「すまないが、今日はここまでにしよう。明日は午前から軍議だったな、よろしく頼むぞ、アドレイ」

「ええ、それはもちろん。それよりも、一体誰が目覚めたと?」

「詳しいことは今度話す。ではな」


 少しの申し訳なさを感じながらも、友人に軽い挨拶をして部屋を飛び出した。向かうのは王宮の最奥、秘密の客人を泊めるための部屋だ。今はそこに彼女がいる。

 王宮の中を走るわけにもいかず、出来る限りの早足になる。途中何人もの召使い達に遭遇し怪訝な顔を向けられたが、彼らに構っている余裕はなかった。

 それから少しの後、ようやく部屋の前にたどり着くと、彼女と話せることへの緊張と期待ではやる気持ちを落ち着かせるため、一度深呼吸をした。

 扉を数回叩きそっと開ける。中は一切明かりがなく、部屋の奥にある大きな窓から月明かりが差し込んでいた。その月明かりが照らす天蓋付きのベッドの上で、上体を起こし月を眺める一人の少女。あまりに儚い雰囲気を身にまとうその姿を見た途端、私は呼吸を忘れていた。

 彼女の意識が静かにこちらに向き、感情のない瞳が私の視線と重なる。そして、感情のないカナリアの声が、一言だけ私に向けられた。


「私を、殺してください」

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