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王子の昼下がり

 フィスに嫌味たっぷりの小言を言われて迎えた昼下がり。私は公務中の息抜きという名目で、森の中で馬に揺られていた。私の馬は優しい顔立ちで、艶やかなキャラメル色の毛が美しい。数年前に出会ってから、キャロルと名付けて可愛がっている。彼女は森の清純な空気がお気に入りらしく、他で散歩するよりも軽い足取りだ。


「嬉しいか、キャロル」


 木漏れ日に照らされ輝くキャロルに声をかければ、彼女は満足げに鼻を鳴らした。こういうところが本当に愛らしいものだ。フィリアの次に愛しいくらいのため、将来どこぞの貴族の娘と結婚してもキャロルばかりに構ってしまうだろう。


「キャロルは誰の手も煩わせない、本当に可愛らしい貴婦人です。どこかの王子とは大違いですね」

「……気分が悪くなるからやめろ」


 フィスはいつでも空気を読まない。こんな空気が綺麗なところでくらいは、気を遣ってほしいものだが。

 気分転換に深呼吸をすれば、沈みかけた気分はまた明るくなった。やはり森は心地良い場だ。このままいくらでも馬に揺られていられる……が、思えば宮殿を出てそれなりに経つ頃だ。そろそろ戻らなければ仕事が溜まる一方だろう。いや、それでももう少しくらいはキャロルを可愛がる時間にしてやりたい。


「フィス、少し行ったところに川があったな。あそこで少し休憩するぞ」

「承知しました」




 川音が近くなるにつれ、それを悟ったらしいキャロルが上機嫌に鼻を鳴らした。心なしか、歩みも早くなっている気がする。


「キャロル、そんな焦らなくともすぐに着く。少し落ち着け」


 川は既に目で捉えられている。だが私の言葉を無視するようにキャロルは歩みを緩めず、かと思えば突然、警戒するように脚を止めた。


「どうした、キャロル?」


 何かの気配を察知したのだろう、耳がしきりに動いている。


「川岸に獣の類でもいるのでしょうか。様子を見てまいります」

「いや、私が見てくるよ。フィスはキャロルを見ていてくれ」

「危険です。仮にも貴方は王子なのですよ?」

「仮にも、は余計だ。大丈夫だからここにいろ」


 地面に降り立ち、キャロルの首を軽く撫でてから川のほうに向かう。私の感覚では、猛獣の気配は未だに感じられない。木陰から川岸の様子を伺っても同じだ。


「何もいないか」


 どうやら杞憂だったようだな、と踵を返そうとしたとき、ふと一つの岩が目に留まった。なんとなく気になり、岩に歩み寄って後ろを覗き込む。


 その時、そこにいたものを目にした時の感情を、私はきっと忘れないだろう。その岩陰で静かに目を閉じていたのは、死んだはずの愛しい恋人だったのだから。

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