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第7話 ヴィクトワール将軍


声が聞こえたことで、リュシアンのことを思い出したらしいお父様が言った。


「リュシアン、明日の準備で忙しいだろう? 今日はもういいから、支度をするといいよ。明日は何時ごろに出発するんだい?」


「はい、明日は日の出とともに出発しようと思います」


「日の出か。それじゃあ、見送りはちょっと難しいかなあ」


お父様は、うーんと唸って腕を組んだ。


「どうかお気遣いなく」


「うん。気をつけて行っておいで。無事の帰りを待っているよ。君の家はここなんだからね」


お父様は優しい眼差しをリュシアンに向けた。


「ありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて、これで失礼させていただきます」


「リュシアン、気をつけてね」

「リュシアン、早く帰ってきて」

「ルルにおみやげかってきてー」


みんなも思い思いに言葉をかけて、リュシアンを送り出している。


私はみんなに紛れてお別れをするんじゃなくて、後でゆっくりリュシアンと話すことにしよう。

リュシアンだってそうしたいに決まってるもの。


「それじゃあ、話を戻して、例の彼を救う方法を考えようか」


「お父様、麗しの薔薇は私に旅に出るようにと言っています」


国王であるお父様が自ら探しに行ける筈もないし、麗しの薔薇と話が出来る中では私が一番の年長者だしね。


「ええっ、レピエル1人でかい?」


「いいえ、護衛を付けるようにと」


長旅になるだろうし、旅の供は若手で話し易い人がいいな。


「そうか。腕の立つ護衛じゃないとね。おーい、ジョルジュ。オスカーを呼んできてくれるかい?」


えっ、オスカーって、オスカー・ヴィクトワール将軍?

プレシウス王国軍最高司令官の?


「かしこまりました」


う、うそっ……。

私これからヴィクトワール将軍とまさかの2人旅!?


嫌いって訳ではないけど、ヴィクトワール将軍は真面目で厳格な性格で、冗談が通じないタイプだ。

冗談が通じない人とずっと一緒なんて……。


私が何かやらかす度に叱られてしまう予感がする。

実際今までに何度となく叱られてきたし……。

ど、どうしよう、なんとか回避できないものか。


(あら、アンタどうしたの? なんだか深刻な顔してるけど)


「い、いえ。なんでも……」


さすがに、ヴィクトワール将軍は冗談が通じないから一緒に行きたくないなんて言える訳がない。

本人は何も悪くないのだから、ただの言いがかりになってしまう。


「失礼致します。国王陛下、お呼びでしょうか?」


カツカツと踵を鳴らし、たてがみのような豊かな髪をなびかせながら大股で部屋に入ってきたのはヴィクトワール将軍だ。


今日も厳つい……。

カッチリとした制服を着ていても、筋骨隆々な大男だということが一目で分かる。


「やあ、オスカー。レピエルは無事に帰ってきたよ。だけど、少し込み入った事情が出来てしまってね。これからしばらく、レピエルの護衛を頼みたいんだよ」


ヴィクトワール将軍は代々プレシウス王国の軍部の中心となる武家、ヴィクトワール侯爵家の現当主であり、お父様の子どもの頃からの親友でもある。

お父様としては、一番信用のおける人物だと見込んでの頼みなのだろう。


「護衛ですか? しかし、城にいるならそうそう危険なことなどありませんし、リュシアンが戻るまで護衛はなくてもいいのでは?」


ヴィクトワール将軍は、なぜ将軍が自ら第一王女の護衛をしなくてはならないのかと不思議そうだ。

そうだよね、通常は若手の仕事だもんね。

軍部の重鎮どころか、最高責任者であるヴィクトワール将軍のする仕事ではない。


「うん、そうなんだけどね。ちょっと城にいられなくなってしまったんだよ。旅に出るから、オスカーも一緒に行ってくれないかな?」


「ああ、なるほど。承知しました。どちらまでお送りするのでしょうか?」


どうやら、ちょっとそこまでの護衛だと勘違いしたらしく、ヴィクトワール将軍は軽い調子で了承した。


「どこかなあ? レピエル、まずはどこに行くんだい?」


「どこでしょう、麗しの薔薇さま?」


(……ッ! ……ッ!)


返事がないけどどうしたんだろう?


「は? 行き先がわからないと? すぐに帰ってこられるのですか?」


ヴィクトワール将軍は訝しげに青い目を細めた。


「うーん、どうだろうねえ。」


「あらっ、来年は留学する予定よ。それまでには帰ってらっしゃい」


お母様……。

そんな、『夕食までに帰ってらっしゃい』、みたいに言われましても……。


「そうだったね。じゃあ、最長11ヶ月半ってところかな?」


「じゅッ、11ヶ月!?」


ヴィクトワール将軍が驚きに目を見開いた。


「と、半分だよ。2~3日遅れくらいなら、入学式にさえ間に合えば大丈夫じゃないかな」


「なッ、何をおっしゃっているのですか? レピエル様を11ヶ月もの間旅に出すおつもりで!?」


まだ14歳、しかも王女である私があてのない旅に出ると言っているのだ、驚くのも無理はない。


「そうなんだよ。僕も心配なんだけど、やむにやまれぬ事情が出来てしまってね」


「そうねえー、私も心配だわ」


お母様はのんきそうに言った。

あの、本気で心配してますか?


「まあ、いずれにしても最初の目的地はフリューリング王国のヴァインロート伯爵領だろうね。そこを通らなくてはどこにも行けない」


ヴァインロート伯爵家は、お母様の実家でもある。

ちょうど今日会ってきたばかりのリーゼロッテお姉様は、母方の従姉妹なのだ。


(ねッ、ねえ! あの、素敵な方はどなたなの……っ?)


素敵な方?

誰のことだろう?


「……素敵な方? オスカーのことかい?」


ええっ!?

麗しの薔薇の趣味が分かりません!


「陛下、いきなり何を言い出したのです……」


麗しの薔薇の声が聞こえないヴィクトワール将軍は、ドン引きした目でお父様を見ている。

あの、別にお父様個人の意見ではありませんよ?


(オスカー……、素敵な名前……! めっちゃアタシのタイプなんですけどー! スッゴイ筋肉! パツンパツン! パツンパツンッ!)


麗しの薔薇に体があれば、確実にクネクネしていただろうと思わせる声音だった。


「この男はオスカー・ヴィクトワール将軍と言って、この国で一番強い男なんだ。可愛い娘を託すなら彼しかいない」


「へ、陛下? 会話が噛み合っていないようですが」


ヴィクトワール将軍の眉間にしわが寄った。


「ああ、今は麗しの薔薇への説明だよ。レピエル、オスカーにあの石を見せてあげなさい」


「はい、お父様。ヴィクトワール将軍、お父様は今、こちらの石にお住まいの麗しの薔薇とお話をされていたのです」


私は手のひらに乗せたサファイアの原石をヴィクトワール将軍の方へ差し出した。


「ほう、ずいぶん大きな原石で。しかし、これが薔薇とはいったい……?」


「ご本人が麗しの薔薇と呼ぶようにと」


「本人?」


ヴィクトワール将軍……、ますます眉間のしわが深くなって、普段より一層顔が怖くなっています……。


「こここ、この石の住人ですっ。もっと分かりやすく言うと、幽霊です!」


(私は幽霊じゃないのよ! 失礼ね! どうしても何かに例えたいなら精霊と言いなさい! オスカーに嫌われちゃうでしょうが!)


麗しの薔薇が憤慨したように吼える。

声が大きい……、うるさいですよ。






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