第6話 麗しの薔薇が語るには
「リーゼロッテお姉様のところを出たのは遅くはなかったのですが、帰り道に休憩して、そこでうっかり足をすべらせてしまって……川に落ちました」
「なんだって!」
「あらまあー」
お父様とお母様は揃って目を丸くした。
「それほど遠くまで流されずに岸にあがれたのですが、運悪く盗賊に囲まれてしまって」
「とととと、盗賊ッ!?」
「あらまあー」
盗賊と聞いたグレナディオンとルシエルは、のんきな声を出すお母様とは対照的に、不安そうにぎゅっと私の腕に抱きついてくる。
「はい。でもリュシアンが助けに来てくれましたし、お守りがあったので無事に逃げられたんですけど……」
「ああ、神様! やっぱりお守りを持たせてよかったよ!」
「本当ねえ。お守りがなかったら危ないところだったわ」
お父様とお母様はお守りへの感謝の言葉を口にすると、力が抜けたようにくたりとソファに身を沈めた。
「リュシアン、レピエルを守ってくれてありがとね。明日からの休みは仕事を忘れて自由を満喫してほしいな」
お父様は私の後ろに控えているリュシアンに視線を移し、今日の活躍をねぎらった。
「は。ありがとうございます。陛下、実は……。川に落ちたとき、レピエル様はどうも頭を打ったようなのです」
「ええッ、頭を!?」
いえ、打ってません!
変な報告しないでください。
「言動に異常が見られるように……」
「違うんです! あのう……、お父様、お母様。じつは私、とんでもないものを拾ってしまって」
(ハア、やっと紹介する気になったのね。待ち時間が長すぎるのよ)
麗しの薔薇さま、もうちょっとですから、もう少しだけお待ちください!
「おや? 誰の声だい?」
「僕にも聞こえました」
「ルルもきこえたー! やっとしょうかいするき、っていってた」
お父様とグレナディオンとルシエルにも、麗しの薔薇の声が聞こえるんだ!
私の頭がおかしいのかと自分でも少し心配だったけど、やっぱり正常だったんだ、よかったあー!
(え……? なんなのアンタの家族? ちょっと怖いんだけど)
「えーと、どこから説明すればいいか。まずはこちらの原石をごらんください」
私はとりあえずサファイアの原石から紹介することにした。
「おや、大きなサファイアだね」
「本当、大きいわねえ」
「こちらの原石は実は呪いの石なんだそうです。それで私は、苦しむこの石をお助けしたいと思って。袖がすれ違った縁といいますか」
どうしよう……、自分で言ってて訳が分からない。
私は精一杯の説明を試みるも、あまりにたくさん話を聞かされすぎて、どうにも上手く要点を纏められそうもなかった。
「石が苦しむ?」
「まあ、私たちも呪われるのかしら?」
(ああ、もう! アタシが説明するから! アンタは話がとっちらかり過ぎなのよ!)
麗しの薔薇は私の説明のまずさに耐え切れず、自ら説明役を買って出てくれた。
ほっ、助かった。
「おや、また声が聞こえるね。君は誰かな?」
(アタシより、まずはこの石に宿る例のあの人の説明からするわ。彼はこの大きな石を発見した、正当な持ち主だった人物よ。この石はね、元々はもっと大きな石だったの。それを二つに割って、夫婦で一つずつ持っていたんだけど、ある日、その石を強欲な領主に見られてしまったの……)
「まさか、その人は殺されてしまったのかい?」
お父様は顔を顰めて話の先を促した。
(そうよ……。でも、ただ殺すだけじゃなかったわ。その領主は最初、他所の国から来た彼を罪人に仕立て上げて財産を没収しようとしたの……)
なぜかお父様には、私が聞いた事情よりも詳しく説明してるような?
気のせいかな。
(だけど、祖国が消えてしまったとはいえ、もともと彼は名の知られた騎士だったのよ。身に覚えのない濡れ衣を着せられて、黙ってはいられなかったのね。そして、その行動を待っていたとばかりに、領主の部下達が一斉に身重だった彼の妻に切り掛かったわ……。彼は怒りと悲しみに我を忘れながらも、絶命する瞬間まで戦い抜いたの……)
なんということだろう。
奥様まで謂れのない罪で殺されてしまったなんて!
だから血を見ると、その時の恨みが蘇ってしまうんだ……。
(次に彼が気が付いたときには、彼の体は消えていて、彼の魂はこの石の中にいたの。きっと恨みが強すぎて天へ上ることが出来なかったのね……。ううん、彼は今も妻を捜しているのかもしれない。だからね、せめて彼の妻が持っていた石とまた1つになれれば、彼の心も慰められて妻の待つ天国へいけるんじゃないかと思うのよ……)
麗しの薔薇はしんみりと声を落として話を終えた。
「なんという恐ろしいことだ……。濡れ衣を着せ、命を奪ってまで他人の財産を奪うとは! それが領主のすることなのか! 無実の女性を守るどころか、惨殺するような騎士がいるとはなんと嘆かわしい!」
普段は温厚で滅多に怒ることのないお父様が珍しく怒りを露わにしている。
このプレシウス王国では、そんな残酷な事件は遠い過去から遡っても例がない程の話なのだ。
「酷い……! 許せないよ!」
「おねえちゃま、こわいよう……」
グレナディオンはともかく、まだ幼いルシエルには少し残酷すぎたかもしれない。
ぶるぶる震えて私の服に顔をうずめている。
(彼はもう何百年と苦しんでいるの。アタシは彼を助けたい……)
あのう……、麗しの薔薇さま?
さっき私に命令した時とは別人のようにしおらしくないですか?
「もちろんだよ! みんなで助けようじゃないか! 僕も微力ながら力添えさせてもらうよ」
(あらっ、ありがと! さすが国王ともなると話が分かるわねぇ)
「それで君は誰なんだい?」
(アタシは麗しの薔薇と呼ばれているわ。アタシはつい最近死んだばかりで、気が付いたらこの石に住んでたのよね。もー、やんなっちゃう! アッハッハ!)
笑ってる。
随分明るい幽霊さんだ。
「ーー辛いときは無理して笑わなくてもいいんだよ。本当は君にも、天へ上ることが出来ないほどの恨みや心残りがあるんじゃないのかい?」
(……ッ、アタシ、アタシは……。彼が経験した事に比べたらアタシなんて……!)
「辛い気持ちを人と比べることは止めた方がいいね。君の辛い気持ちを君自身が軽んじたら、ますます気持ちの行き場を失くしてしまうよ」
(うっ……、うううーっ! やだわ、泣かせないでちょうだい! アタシは後でいいのよ! そうよ、彼と違って何百年も苦しんでないもの)
自分のことは後回しにしてまで、例のあの人を救ってあげたいと思っていたなんて……。
「そうか。君は優しいね。それじゃあ、彼を無事に天国へ送ることが出来たら、その時は君の話を聞かせてくれるかい?」
(ぐすっ……、も、もちろんよ! 最初から最後までたっぷり聞いてもらうわ)
「約束だ」
お父様と麗しの薔薇はずいぶんと気が合うようだ。
私と話している時より、ずっと落ち着いて話をしている。
「あの……、レーヌ様?」
リュシアンがヒソヒソと小声でお母様に話しかけている。
「なにかしら、リュシアン?」
「話がまったく分かりません」
「あら、私もよ! うふふ、奇遇ねぇー」
困惑気味のリュシアンと違って、お母様は話が見えないことをあまり気にしていないようだ。
とりあえず今は、私の頭がおかしくなっていないことだけ分かっていただければ十分です。