第4話 情けは人の為ならず
「レピエル様。独り言はそれくらいにして、こっちへ来て温まってください」
「はあい。リュシアン、さっきも言ったけど、独り言じゃないのよ? 私は麗しの薔薇とお話をしていたの」
私はたき火に手をかざし、その暖かさにほっと息をついた。
「わかりましたから、ちゃんと乾かしてください。風邪を引いてしまいます。まったく、私は明日からしばらくの間レピエル様に付いていることができないんですからね? お転婆なことはしないで、いい子にしててくださいよ?」
そう……、リュシアンは訳あって明日から1ヵ月の長期休暇を取る。
そのためにこの1年、リュシアンは最低限の休みしか取らずに、ずっと働き詰めだった。
そんなに無理をしなくても、1ヵ月くらいなら休んでもいいとお父様は言ったのだけど、リュシアンが特別扱いは他の者に示しがつきませんと言って断ったのだ。
「もう、リュシアンたら子ども扱いしないでよ! 私、もう14歳なのよ? 来年になったら結婚だって出来るんだから」
「もらってくれる相手が見つかるといいですね」
「リュシアン!」
なんでそこで俺がもらいますって言わないんだろう!?
遠慮なんてすることないのに!
もっと小さい頃は話し方も親しげで、よく抱っこもしてくれたのに、この頃はなんだか距離を取られているような気がするのが密かな悩みだ。
明日から1ヵ月も会えないのか……、長いなぁ。
リュシアンとの会話が一段落するのを待っていてくれたのか、黙り込んでしまった私に麗しの薔薇が話しかけてきた。
(ところでさ、アンタのお父さんて何してる人?)
「私の父ですか? えーと、普段は石を拾ったり、掘り起こしたりしていますけど? 私もよくお手伝いをしています」
私はこう見えても父に似て石を探すことが得意なのだ。
(……は? 頭おかしいの?)
「えっ、どういう意味でしょうか? あ、それから、『ここにあるよ』と人に教えてあげたりもしていますよ?」
(あー、そうですか。聞いたアタシが悪かったわよ。アンタ貧乏には見えないし、要するに、アンタのお父さんは暇を持て余してる、不労所得のあるお金持ちのお坊ちゃまってことでいいのね! いま重要なのは金持ちかどうかなのよ。)
「私の父はとても忙しいですし、ちゃんと毎日働いていますっ!」
話をちゃんと聞いてほしい!
(はいはい。ところでさ、アタシいいこと思いついちゃったんだけど、発表していい?)
「いいこと? どんなことですか?」
(アタシとアンタだけどさ、せっかくこうして会話できる人とめぐり合ったわけじゃない。これって運命じゃない)
運命って言われても……、私側のメリットが一切感じられないな。
むしろ呪われるというデメリットしかない。
「はあ……」
(だからさ、例のあの人を救うのはアンタだと思うわけよ)
「え……」
なんだろう、嫌な予感しかしない……。
(アンタ、旅に出なさい! 救いたいでしょ? かわいそうな例のあの人を!)
「ええー、でも知らない人ですし……」
救いたい本人が助けるわけにはいかないのでしょうか。
(アンタって薄情な女ね!? 袖擦りあうも他生の縁って言うでしょうが!)
「そんな言葉初耳です!」
(袖が触れ合うくらいの関係、つまり、すれ違う程度の出会いであっても、何度も生まれ変わった上での出会いなんだから大切にしましょうという意味よ。もうすでに袖が触れ合うどころの関係じゃなくなってるわけじゃない。助けてあげてよ。何百年もの間苦しんでいる彼を救ってあげられるのは、アンタしかいないとアタシは思うの)
ううっ、情に訴えられると断りづらい……。
「でも、出来るかどうか分からないのに、安請け合いするわけには……」
(情けは人の為ならずという言葉もあるわ! 人に情けをかけるということは、回りまわって自分を助けることにもなるのよ! アンタのためなの!)
わ、私のため……?
本当かな、言いくるめられてないかな。
「ううう……、具体的にどうやってお助けすればいいのですか?」
実際問題、私はまだ子どもで、行動範囲もそう広くはない。
今日はたまたま隣国の従姉妹のところへ出向いたけど、それだってリュシアンが一緒だったから両親も許可してくれたのだ。
(だから旅に出るのよ)
「たっ、旅!?」
(アンタ、まだ子どもだから残酷な部分はなるべく割愛して説明するけどさ。あの石はね、もともとは1つの大きな石だったの。それをヒビが入っていた部分から二つに割って、夫婦で一つずつ持っていたのよ。それがある日、その石を運悪く悪徳領主に見られてしまってね……。後はお決まりのパターンよ。だからせめて、奥さんが持っていた方の石とまた1つになれれば、彼の心も慰められて天国へいけるんじゃないかと思うのよ)
想像以上の酷い話に、私は衝撃を受けて涙が溢れてきた。
その悪徳領主は、あの石を自分のものにするために、持ち主夫婦を殺してしまったのだろう。
そんな酷いことをする人がこの世にいて、しかもそれが領主だなんて信じられない……!
「ううっ……、酷い! そんな目に遭ったら恨みを持つのも当然です!」
さっきまでは、どうして私がずっと昔に亡くなった見ず知らずの人を助けないといけないんだろうと思っていたけど……。
私、その人のことを助けたい……ッ!
せめて奥さんの石と再びめぐり合って、安らかに眠ってほしい。
(実際はもっとずっと酷い目にあっているのよ……。彼が我を忘れるたびに、彼の過去の記憶が自分のことのようにアタシの中に流れ込んでくるの)
「わかりました! 私、頑張ってその石を探します! わりと見つかりそうな自信があります!」
(なんだってそんな自信持ったの? 意味が分からないけど)
「よーし、がんばるぞ!」
私は決意を込めて両方のこぶしを握り締めた。
(あのさ、アンタ1人じゃ危ないから。旅にはお金もかかるし、金持ちのお父さんに頼んで旅の資金をもらうのよ? それから、ちゃんと護衛も付けてもらいなさいよ? そこの子は都合が悪いみたいだけど、お金持ちなら他にもたくさん護衛がいるんでしょ?)
「ええ、まあ。たくさんいます」
「……レピエル様。本当に頭は大丈夫ですか? 川に落ちたとき、どこかにぶつけてませんか?」
リュシアンは心配そうに私の頭をさすってくれた。
「大丈夫よ! 私の頭は無事です! ……だけど、もっと撫でてもいいわよ」
私は撫でやすいようにリュシアンに寄りかかろうとした。
なのに、リュシアンはパッと手を離したかと思うと、いきなり立ち上がってしまう。
「それなら結構です。さあ、そろそろ出発しないと、国に着く前に暗くなってしまいます」
「そうね、服も少しは乾いたし、次の町くらいまでなら頑張れるわ」
「では行きましょう。私は火の始末をしますので、レピエル様は先に馬に乗っていてください」
リュシアンはそういうと、たき火の枝を崩して、ブーツでザザッと土をかけた。
そして念入りに上から踏みつけて消火する。
私の白馬ブランと、リュシアンの黒馬ノワールの方に視線を向けると、二頭の馬は仲良く並んで草を食んでいた。
私は二頭の馬に近づき、顔を撫でながら小声で話しかけた。
「ブランとノワールも、明日からはしばらく離れ離れね……」
「何かおっしゃいましたか? さあ、行きますよ」
そして私たちは次の町で古着を調達すると、遅れてしまった分を取り戻すため、最低限の休みのみで走り続けた。
だけど、私たちの努力もむなしく、無常にもどんどん辺りが薄暗くなってきてしまう。
みんな心配しているだろうな。
こんなに遅くなるなんて言ってこなかったし……。
せめて、真っ暗になる前に、自国に入らないと……!
「レピエル様、なんとか間に合いましたよ」
「そうね」
私たちは切り立った崖の手前で馬を止めた。
馬上から崖下をみると、足がすくむような高さだ。
(え……? 間に合ったって、ここで?)
「はい。この崖の向こうが私たちの国なんです」