第22話 出生の秘密
この人がリュシアンを呼びつけた人……?
40代くらいで、私たちを迎えに来た騎士たちよりもずいぶん年上に見える。
あなたはラインハルトさんではないんですよね……?
髪は金髪だけど、リュシアンよりもずっと濃い色だし、顔も年齢も似ても似つかない。
「リュシアン・ヴァンクール……。近う寄れ」
部屋の奥からリュシアンを呼ぶ声がした。
どうやら、この声の主が拉致を指示した本命のようだ。
リュシアンは私に目配せをしてから、部屋の中へと一歩足を踏み入れた。
私は呼ばれてないけど、リュシアンの後ろにくっついて中へ入る。
その部屋は誰かの執務室らしく、大きな机がどんと置かれ、その向こうに初老の男の人が座っていた。
「顔を見せてくれ」
顔を見せるよう促された私たちは、言われるままマントのフードを取る。
その人物は食い入るような目でリュシアンの顔を見ていたかと思うと、次の瞬間ガタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「ーーレオンハルト……ッ。やはりレオンハルトに間違いない……! 生きていたのだな」
レオンハルト……?
それがリュシアンの本当の名前なの……?
「あの……、どういうことなのでしょう? 私には状況がさっぱりわかりません」
「ああ、そうだろうな。詳しく説明しよう。その椅子にかけるといい」
リュシアンは執務机の向かいに置かれた椅子に座るよう指示され、私には部屋にいた騎士が別の椅子を持ってきて隣に並べてくれた。
「ボーデン伯。下がっていてくれ」
「はっ。かしこまりました」
ボーデン伯と呼ばれた騎士は一礼して部屋を出て行く。
ボーデン……、どこかで聞いたような。
もしかして、昨日会ったラインハルトさんの友人の誰かのおうちの人なんじゃ……?
「さて……、どこから話そうか……。私はフリューリング国王ハルトムート・フォン・フリューリングだ。そしてお前は私の息子、フリューリング王国第4王子レオンハルト」
そう言われてよく見てみると、確かに国王もリュシアンと同じ紫色の目をしている。
顔立ちはあまり似ているとは言えず、髪もだいぶ白くなってしまっているが、元々はリュシアンに似た色をしていたのかもしれない。
「む、息子!? なぜ今更そんなことを? 私はもう21です。本当に息子だというのなら、なぜ今まで探さなかったのですか?」
いきなり拉致されたかと思えば実の父親を名乗る人物が現れ、しかもその人は国王だという。
あまりに衝撃的なことが次々に明かされ、リュシアンは激しく動揺していた。
「疑問に思うのも無理はない。だが、あの事件の生存者はいなかったと聞いていたのだ……」
「だからと言って、仮にも一国の王子なら、遺体ぐらいは捜すのでは?」
それもそうだ。
本当の親なら、遺体を見るまでは死んだなんて納得出来ないのではないだろうか。
「……」
すると、国王はリュシアンの視線から逃れるように顔を俯けた。
「……私は街でラインハルトという人物に間違われました。ラインハルトというのは誰なのです?」
「ラインハルトは……。お前の兄。双子の、兄なのだ……」
国王は『双子の』という部分で思わせぶりに言葉を切った。
双子だということを強調したいのだろうか?
「双子がどうかしたのですか?」
同じことを疑問に思ったらしいリュシアンが尋ねる。
国王は、そんなことを聞かれるとは信じられないというように表情を変えた。
「双子の兄だぞ!?」
「はあ。それが何か? お加減が悪いと伺いましたが、お見舞いにーー」
「フリューリング王家に双子が生まれることは許されない!」
急に言葉を荒げる国王に、私たちは戸惑って顔を見合わせた。
許されないって言われても……、おなかに返す訳にはいかないですよね?
「許すも許さないも、生まれてしまったものは仕方がないのでは?」
「信じられん……。そういえばお前は他国で育ったと言っていたか……」
国王は、私たちの方が一般常識に欠けていると言いたいようだ。
「ええ。私はプレシウス国王に拾われ、育てていただきました。それが何か?」
「そうか……。我がフリューリング王家は、過去に双子による苛烈な王位継承争いが起こったのだ。その争いは凄惨を極め、長期に渡って多くの人命が失われた。それ以降、我が王家は双子は忌避されるようになったのだ」
忌避といわれても……、でも、生まれてくるものは止められないのでは?
「実際に生まれてしまった場合はどう対応していたのですか?」
「ーー昔は、片方の子は始末されていた」
「始末……」
まさか、馬車を襲撃させたのは国王本人なんじゃ……。
「しかし、お前たちは双子とはいえ、どちらも私の息子だ。私の子ども達はみな早世してしまう中、生まれたばかりの大切な我が子を自ら殺すようなことはしたくなかった。私の母や王妃からの嘆願もあり、悩んだ末に、1人は身分を隠して親戚の家へ養子に出すことに決めたのだよ。ーーその子どもがお前なのだ、レオンハルト」
私はリュシアンの家族にも最低限の愛情があったことにホッとした。
王位継承争いについては育て方でどうにかなったのではという思いはあるものの、親に殺されてしまうところだったと聞くよりはずっといい。
だけど、子ども達がみんな早世してしまうというくだりは気がかりだ。
みんなラインハルトさんみたいに突然発病してなくなってしまったのだろうか。
まさか、リュシアンもいずれ病気に……?
「私に……、お守りを持たせてくださったのは?」
「お守り?」
初耳だったらしい国王が聞き返す。
「はい。発見されたとき、私はお守り袋を身に付けていたそうです。中には結界の魔法具と、大きなダイヤモンドのブローチが入っていたと。それがなければ私は死んでいたでしょう」
「そうだったのか……。結界の魔法具は、私の母が聖女様からいただいたものだよ。おそらく、母が持たせたものだろう。私の母は聖女様の義妹だったのだ」
リュシアンのお祖母様が聖女様の義妹?
ということは、私とリュシアンは遠い遠い親戚に当たるのかもしれない。
「お祖母様が……。お祖母様は今もお元気で?」
「いや、母は馬車が襲撃されたと聞いて……。嘆き悲しみ、そのまま亡くなってしまわれた」
「そんな……」
自分を守ってくれたお祖母様がすでに亡くなっていると聞いたリュシアンは、悲しそうに顔を曇らせた。
「レオンハルト……、王宮へ戻ってこないか? お前には苦労をかけてしまった。その償いをさせてほしい」
「……」
リュシアンはなんと答えればいいのか分からないようだった。
一度は捨てておきながら、21年も経って今更戻って来いという国王の真意を量りかねているようだ。
「兄に……、ラインハルトに一目会わせていただけないでしょうか」
「そうだな……。話は出来ないかもしれないが、一目見るくらいなら……。それでお前の気が済むならそうしよう」
国王は立ち上がると、部屋の外へと出ようとして、いったん立ち止まる。
「レオンハルトは顔を隠したほうがよいだろう」
「承知しました」
リュシアンは言われるがまま、マントのフードを被った。
「兄は、急に体調を崩したと伺いましたが……」
「ああ……。ラインハルトは1年前に立太子式を行ったのだが……、不思議なことにその式典を境に臥せるようになってしまったのだ」
式典を境に病気になる?
そんなことがありえるのだろうか。
腑に落ちない思いを抱えながらも、部外者である私は口に出すことはせず、大人しく2人の後を付いていく。
「おや、あれは」
「どうかなさいましたか?」
「回廊の向こう側に大司教の姿が見える。ラインハルトを見舞いに来たのかもしれん」
国王が視線を向けた方向を見てみると、確かに聖職者の衣裳を纏った老人が歩いているのが見えた。
フリューリング王国の聖職者の序列は不明だが、立派な衣裳を纏い数人のお供を従えているところを見ると、かなり高位の聖職者のようだ。
と、その時、いきなり私のポケットが目を開けていられないくらいの眩しさで光り出した。
パアアアアアアッ!
「きゃあっ! なっ、何事!?」
「エル!」




