第21話 拉致
「あの……、そこまでお加減がお悪いのですか?」
「ええ……。ほんの1年前までは、それこそリュシアンのように健康そのものだったのです。それが急に体調を崩したかと思うと、見る見るうちにベッドから出られないほど衰弱してしまったのです」
エメリヒは沈痛な面持ちで、病に臥せる友人を思ってため息を吐いた。
「まあ……」
健康な男の人がなぜそんなに急に……。
「あなたにまでそんな顔をさせてしまい申し訳ありません。さあ、今夜は楽しく飲みましょう、可愛い人」
「失礼。レピエル様はこちらをお召し上がりください」
リュシアンがツッと私の前へ滑らせてきたグラスには、オレンジジュースが入っているようだ。
心なしかリュシアンのエメリヒを見る目が鋭い。
「なんだ、固いこと言うなよ。たまにはいいじゃないか」
「レピエル様はまだ14歳ですので。そういう訳には」
エメリヒが私にワインを勧めるのを、リュシアンが頑なに拒絶している。
実のところ、私はまだお酒を飲んだことがないのだ。
「14歳! まさに花の蕾ともいうべき年齢ですね。これからさぞ美しく咲き誇ることでしょう」
コンラートは私を見てそう言ったかと思うと、パチンと片目をつぶった。
「コンラート。まったくお前は……、悪い癖だぞ」
リヒャルトが呆れたように言う。
どうやら、コンラートとエメリヒは女性好き、ディートフリートは朗らか、リヒャルトは生真面目な性格のようだ。
「何のことかな」
「ははは。さあ、リュシアン、どんどん飲もうじゃないか!」
ディートフリートはリュシアンの肩に腕を乗せ、陽気に笑う。
美味しい料理に舌鼓を打ちながら楽しいひと時を過ごしていると、リュシアンがそろそろ失礼しましょうと言い出した。
人見知りするような性格でもないのに、早々に帰ろうと言うなんてどうしたんだろう?
まだ早いような気もするけど……、でも知らない街では用心した方がいいのかもしれない。
私たちはコンラートとその友人たちに別れを告げて、ホフブロイ亭を後にした。
翌日、私たちは早速王宮の近くへ行ってみることにした。
中には入れなくても、外側だけでも見てみたいとリュシアンが言ったためだ。
「ねえ、リュシアン……。ラインハルトという人は、あの王宮にいるのかしら? ん、美味しいわ」
王宮前広場で、屋台で買ったシュネーバルという油で揚げた球状のお菓子を頬張りながら私は言った。
「おそらくな……。友人たちがすべて高位貴族だということは、本人も高位貴族か、もしくは王族だろう。クラールハイト元侯爵の話と併せて考えると、やはり王族で間違いないよな。ーー美味いけど、ポロポロ落ちて少し食べにくい」
サクサクとした食感で味は美味しいものの、球状という形に加え、粉砂糖や細かく刻んだナッツがポロポロ落ちてくるのが難点だ。
「これからどうするの? 本人が病気じゃ、会いに行っても門前払いよ」
「その前に、のこのこ会いに行ったら殺されるんじゃないのか? 21年の馬車襲撃は、俺の命を狙ったもので、クラールハイト元侯爵の妻や部下たちは巻き添えを食らったと考える方が自然だ」
「ええっ! ゴホゴホッ! こ、殺されるかもしれないの!? やだ、早く帰りましょうよ! こんなところにいて誰かに見つかったら……」
驚いた拍子に、お菓子の生地が喉に引っかかってむせてしまった。
リュシアンも、殺されるかもしれないと思いながらこんなところに来るなんてどうかしてる!
「うーん。せっかくここまで来たのになあ。会えないのは仕方がないとして、どうにか確かめる方法がないものか……」
(……あんたの両親に育てられたせいか、なんだかんだ言ってリュシ君もかなり呑気よね)
「とにかくこの場を離れーー」
最後まで言う前に、私たちは騎士の制服を着た男たちにザッと取り囲まれてしまった。
こ、これは……、どういう状況なんだろう。
まさか、本当に殺されてしまうの……?
「失礼。リュシアン・ヴァンクール殿でいらっしゃいますか?」
リーダーらしき男が穏やかに尋ねる。
抜剣していないし、いきなり切り掛かられるようなことはなさそうだけど……。
「そうですが」
表情を強張らせながらリュシアンは返事をした。
「ここでお会いできてよかった。実は、逗留されている宿にお迎えにあがったところだったのです」
「何用でしょうか」
「さるお方が是非あなたにお会いしたいと仰せです」
男は、にこやかな表情を作りながらも有無を言わせない様子だ。
どうやら私たちに拒否権はないらしい。
「さるお方とは?」
「ここではちょっと……。さる身分の高いお方です」
(ちょっと……、やばいんじゃないの? これ、連れて行かれたら殺されるパターンじゃない?)
麗しの薔薇……、私もさっきからそう思ってますから!
これ以上不安にさせないでください!
「エル。すぐに戻るから、宿で待っていてくれないか」
リュシアンが私に小声でささやく。
「いえ、お嬢様もどうぞご一緒に」
「断る! 連れて行くなら私1人を連れて行け!」
リュシアンは立ち上がってきっぱりと言い放った。
「申し訳ありませんが、私たちも任務ですので。どうか悪く思わないでください」
男はそういうと、連れの騎士たちに合図して私たちの方へ一歩詰め寄る。
「無礼な! こちらが何者か分かっているのか!」
「承知しております。どうか、手荒な真似をさせないでいただけると助かります。さあ、どうぞこちらへ」
男は慇懃に頭を下げた。
私がプレシウス王国の王女だと知ってのことなのだ。
どうやら逃げられそうもない。
「リュシアン、私なら大丈夫よ。行きましょう」
私は首からかけたお守りの辺りに手を当てた。
服に隠れて見えないが、いざとなったら私たちにはお守りがあるのだ。
命を奪われることはないだろう。
「わかった……。行こう」
リュシアンもお守りの存在を思い出して落ち着きを取り戻したようだ。
そして私たちは前後左右を騎士たちに囲まれながら、王宮の門をくぐり抜けるのだった。
門を入ってすぐ、門兵の詰所のようなところへ連れて行かれる。
「王宮の中は人目がありますので、こちらをお使いくださいませ」
男はそういって、私たちにフード付きのマントを手渡してきた。
「あんな場所で白昼堂々拉致しておいて、いまさら人目を気にするとはな」
リュシアンが皮肉を言う。
「拉致などと。危険なことはございませんので、どうぞご安心ください」
私たちを拉致した犯人に安心しろと言われても、安心できる要素がまるでない。
しかし、マントを受け取るのを拒否したからといって問題を解決できるわけでもないし、ここは言うことを聞くしかないだろう。
私たちは渋々マントを受け取り、フードを被って顔を隠した。
詰所を出ると、男は先導して建物と建物の間をすり抜けるようにして奥へと進んだ。
人目を避けるためか、建物の中へは入らず目的地へ向かっているようだ。
どこへ向かっているんだろう……?
まさか、このまま牢屋へ連れて行かれるんじゃ……。
「こちらでございます。窓から失礼いたします」
男はそういうと、一つの大きな掃き出し窓の前で立ち止まった。
男がコンコンと控えめにガラスをノックする。
すると、中からまたもや制服を着た騎士が現れた。
中の騎士は頷くと、内鍵をあけて窓を両側に開け放った。
「リュシアン・ヴァンクール殿。お待ちしておりました」




